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太宰治の妻、英訳刊行に深い謝意 ドナルド・キーン宛て書簡を初公開

ドナルド・キーン

 太宰治の妻、津島美知子(1912~97)が日本文学研究者のドナルド・キーン(1922~2019)に宛てた書簡が、東京・世田谷文学館で15日に始まった「ドナルド・キーン展 Seeds in the Heart」で公開されている。

 キーンは「斜陽」「人間失格」などの英訳を手がけ、太宰作品の海外での読者獲得に寄与した。書簡は翻訳を手がけた際の初版本に挟んでキーンが長く自宅に保管していたもので、一般に公開されるのは今回が初めて。

 書簡が書かれたのは、太宰が亡くなって15年後の1963年。キーン訳の太宰作品が米国で刊行されたことに深い謝意を示す内容で、美知子が太宰の死後も作品の後押しに心を砕いていた様子がよくわかる。

 「去る九月十一日夜は、図らずも、御目にかゝることができまして」と始まっているが、この日付と符合するふたりの対談が、中公文庫「対談 日本の文学 素顔の文豪たち」(中央公論新社編)に収録されている。この席でも太宰作品の翻訳が話題にのぼり、美知子は「キーンさんに英訳を出していただきましたおかげで、もう何カ国になるかしら、六、七カ国語ぐらいに広がりまして」などと語っている。

津島美知子がドナルド・キーンに宛てた書簡

 この対談ではキーンが「アメリカでは『斜陽』ほど『人間失格』が売れなかった」とも述べているが、その「人間失格」がここ数年、米国で新たに脚光を浴びた。

 動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」を通じて若い読者のあいだで太宰ブームが広がったこと、文豪をモチーフにした登場人物たちが特殊能力を駆使して闘うマンガ「文豪ストレイドッグス」(原作・朝霧カフカ、漫画・春河35、KADOKAWA)のアニメ人気がきっかけになったことなどを、2023年に米ニューヨーク・タイムズが報じている。

 キーンや美知子が海外の読者にも届けたいと願った太宰作品が、半世紀の時をこえてこんな形で多くの人に読まれるのだから、文学の可能性もまだまだ馬鹿にできない。

 世田谷文学館のドナルド・キーン展は来年3月8日まで。月曜休館。詳細はホームページ(https://www.setabun.or.jp/)で。(編集委員・柏崎歓)=朝日新聞2025年11月19日掲載