ISBN: 9784106039393
発売⽇: 2025/12/17
サイズ: 19.1×2cm/224p
ISBN: 9784106039409
発売⽇: 2026/01/21
サイズ: 19.1×2cm/256p
「私の幕末維新史」「私の明治時代史」 [著]渡辺京二
幕末から近代への日本社会を独自の視点で語った講演録なのだが、あえて書評で取り上げるのは優れた二点があるからだ。
第一は、教条的な歴史観とは一線を引いている点。第二は、「歴史的な人間類型」を捉えることで、歴史上の人物を理解しようと努めている点である。つまり、本書は人物を通して、歴史のうねりを描き出している。
著者の作品系譜には、外国人が見た幕末風景を描く名著『逝きし世の面影』などがある。歴史の中で新しい発見をし、新しい規範と出会い、新しい文化と格闘する日本人の姿を見てきた。
本書でもそうしたエピソードをふんだんに引用しながら、日本社会の揺れる様が丁寧に語られている。たとえば、「農民収奪体系としての幕藩体制」は百姓一揆で倒されたのではなく、むしろ百姓一揆は生活が豊かになったときに起きているという。年貢の取り方によって不満は爆発したといい、一揆の少なさは武士たちが農民に「大幅な自治を許して介入してこなかったから」と説明している。明治6(1873)年の地租改正での「丈量(測量)」や土地の等級づけは農民に任せるなど、「明治の絶対主義官僚」は巧みに本質を捉えていた。
著者は、歴史への接し方として「当人の気持ちになってみるのが一番良い」と提言する。倒幕を目指す下級武士たち、戊辰戦争で戦い敗れた武士たち、それぞれの心中には様々な思惑があったにせよ、倒幕を目指した武士が封建制を打破しようとしていたわけではない。たしかに下級武士の心理などは、彼らに身を寄せることで、その本心が摑めるのかもしれない。
著者は、西郷隆盛、頭山満についてはまとまったページを割いて、特別に親愛の情を込めて記述している。
西郷は朝鮮との交渉を主張しながらも、実際にはロシアを見ていたといい、彼の征韓論に対する見方の訂正を訴えている。頭山については、その人間性を正直に語り、日本的黒幕のある断面を描写し、特異な存在だと指摘する。中江兆民の頭山評に肯(うなず)く。
著者は『私の明治時代史』の末尾で、「私があなた方にお伝えしたいのは、昔は今はもういないタイプの人間がいたことです」と話している。なぜ今は存在できないようなタイプが、ある時代には存在したのか、それを考えることで、この時代の欠落部分が浮かび上がると言いたいのであろう。吉田松陰への著者の関心も興味深い。
私たちの近代史上の人物観は、一度解体して再構築して見るべきかもしれない。
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わたなべ・きょうじ 1930~2022。日本近代史家。著書に『北一輝』(毎日出版文化賞)、『逝きし世の面影』(和辻哲郎文化賞)、『黒船前夜』(大佛次郎賞)など。今後も講演集の刊行が続く予定。