五味太郎さんの絵本「ひよこは にげます」 “モアベター”を求めて「逃げる」
――「ひよこが にげます」「みんなで にげます」3羽のひよこが、おうちから逃げ出し、外の世界を冒険し、最後に逃げていくのは……。ひよこたちが元気に逃げながら、さまざまな経験をする五味太郎さんの絵本『ひよこは にげます』(福音館書店、2021年刊)。大ベストセラー『きんぎょが にげた』(同、1982年刊)の第二弾として考えたのは、「逃げる」をテーマにした作品だった。
「『きんぎょが にげた』のパート2はありますか?」と出版社の提案を受けて、作ってみたんだけれど、あんまり面白くなかった。編集者と議論しながら、完成に近いところまで描いたけど、ボツにしました。でも、俺にとっては、うまくいかなかったことが面白くて、なんでダメなんだろうって考えたわけ。「企画」だからダメなんだよね。『きんぎょが にげた』は、自然な空気感を快く描けた絵本。それを再び使ってなにかやろうというのは難しい。企画は濁るんだな。興行としてはうまくいくかもしれないけど、クリエーションという形では、なかなかうまくいかないんですね。
その後も、ほかの仕事をしながら考えるうちに、ふと、タイトルの『きんぎょが にげた』って不思議な言葉だなと思って。改めて考えてみると「逃げた」って、ある種の文化論的にも面白い。意識していたわけではないけれども、現代はみんな少し生き方が難しいような世の中にあって、「逃げた」という言葉が、この本の人気を勢いづけているのかもしれない、と。それで、「逃げた」という言葉にこだわって、もう一回トライすることにしました。
――どこから逃げるのか、なにから逃げるのか、逃げるイメージを膨らませていく。
自分の中で「逃げる」という言葉をブレーンストーミングしているうちに、「うち(家)から逃げる」というイメージが、ふっと出てきた。うちから逃げ出すのは楽しいなと思って。そして、最後に「おうちに にげます」というコピーが出てきて、あ、これはいけるな、と。「おうちに にげます」って、自分の中で初めて出会った言葉だったのね。描いてみたら、とても気持ちがいい。そうだよ、うちは逃げ場だよな、シェルターだよなっていうのが見えた瞬間、編集者に電話して「この本、いけるよ」って。あとはもう仕上げるだけでした。
「おうちに にげます」という言葉を考えたとき、今の時代にこそ、出すべきなんだろうなと、強く思ったというのもあります。ひよこが家から逃げて、いろいろな経験をして、うちに逃げてくる。俺がどうやって生きてきたのか考えてみると、今いる「ここ」は悪くはないんだけど、もっといい場所があるんじゃないかと探しにいったり、探りにいったりして、それゆえに「ここ」を逃げ出してきた。生きていく上で、そういう探究心みたいなものは必要なんだよね。それを伝えようと思って描いたわけじゃないけど。あとから考えてみると、今の親子関係はなんか変だなと思うこともあって、俺の時代とは違う、その時代の差みたいなものを一冊の本として提示できたんじゃないかなと思います。
――本のタイトルは『ひよこは にげます』だが、本文に書かれているのは「ひよこが にげます」。そこにもこだわりがある。
俺の中の考えでは、『きんぎょが にげた』は、「きんぎょ」が主体なんだよね。『ひよこは にげます』のように、「は」にすると「ひよこのようなものはさ」という一般論的なものになる。「子どもは逃げなきゃ」とか「子どもは逃げるものだよね」という感じ。「が」だと、そこに登場する「ひよこ」だけの話、で終わるんだけど、「は」になるとイメージが広がる。日本語の助詞の面白さがあるよね。そういうのを編集者と詰めていくのも面白いです。
読者には、「は」と「が」の違いがいいと思う人もいれば、気にならない人もいる。本はパブリッシュ(出版)するもの、みんなのものだから、もっとみんなが勝手なことを言ったらいいと思うんだよね。それが、この仕事の楽しさでもあります。
――絵本のイメージを考えるとき、絵から発想するときと、言葉から発想するときがあるという五味さん。
絵本は、言葉の使い方も楽しめる世界。言葉の面白さがひとつの効果として出るような使い方をしたい、そんなことをいつも考えてるな。「気をつけて」とか「おまたせしました」「とりあえず」とか、そういう言葉の引っ掛かりからインスパイアされた本もあります。「おまちしてます」という言葉はどういう状態で使うのか、バリエーションを考えるわけ。「おかげさまで」は、どこから派生した言葉なのかとか、「だらしがない」って、なにが無いんだろうとか考えるのも面白いよね。「情けない」は「情け」が無い、「根性なし」は「根性」が無い。じゃあ「だらし」ってなんだろうって、辞書を引いたけど出てこないわけ。「だらしがない」っていうひとつの言葉なんだよ。なにが無いのかわからないけど、雰囲気は伝わるよね。面白い。その言葉が面白いっていうのもあるし、その状況を絵にするのも大好きな仕事です。
描いているうちに、こっちかな?とか、こっちは違うかな?とか、そういうのが面白い。ああでもない、こうでもないという作業が楽しいですね。そのときに、初めて見る風景というのが出てきたら「よかったね」という感じかな。工夫しすぎたり、複雑になりすぎたりしない方がいい。工夫が必要になるというのは、作業としてはあまりシャープじゃないよね。なるべく単純な方がいい。
――子どもの頃から観察するのが癖だという五味さん。絵本のテーマも観察から生まれるものが多い。
子どもは見るのが仕事だと思うんだけど、わりと見てない子が多いんだよな。俺は何しろ見てた。面白いもの(笑)。人を見たり、誰かが作ったものを「なんでこんなもの作ったんだろう」って考えながら見たり、そういうことをしてる子どもでした。先生に怒られても、なんで怒ってるんだろうって観察してるわけ。なにかあったんだろうなって。そんな子ども嫌だよね(笑)。今も同じことしてるから、なんだろう、頭の癖なんだよね。
見ていて面白いと、これは絵本になるかなって考える。例えば、『いったでしょ』(偕成社)は、ニューヨークの公園で、母親が子どもに大きな声で「I told you(いったでしょ)」って何度も言ってるのを見て、その光景からインスパイアされてできたもの。どこの国でも親は子どもに「いったでしょ」って言うんだというのも面白くて。「いったでしょ」をそのままタイトルにしました。馬の親子が散歩していて、お母さんが危険を発見するたびに声をかけるんだけど、子どもはつまづいたり穴に落ちたり。そのたびにお母さんが「いったでしょ」っていう絵本です。
絵本のヒントは無限にどこにでもあって、面白いことを思いつくと、絵本にしなきゃいけないって思う。「だらしがない」も絵本になるかもしれないよね。でも、もう1個、自分の中で発明や発見がないと。やっぱり、どこかで、発明、発見をしたいんだよね。これいいよねっていう感触。初めてぶち当たった雰囲気だなとか、からくりだなとか、そういうことが1個でもあったら、その本は成功なんです。これまでの本も全部が発明と発見の繰り返しだったんだよね。
――1973年に『みち』(福音館書店)でデビューして以来、50年以上にわたり絵本を作り続けてきた五味さん。その創作の軌跡を辿る、「五味太郎 絵本出版年代記展『ON THE TABLE』」を自主企画し、これまでに手がけた全ての絵本372作を東京・代官山のLURF GALLERYで展示した(2月に会期終了、各地を巡回予定)。
俺の中では、いっぱい描こうと思ったわけじゃなくて、結果いっぱいになっちゃったんだよね。描いてるときが一番いい、穏やかで。仕事じゃないよね。仕事と遊びという区分がない方がいいと思うけど、遊ぶって大変なことで、遊びの完成度が高くないと、だらけちゃうんで、仕事みたいになっちゃう。仕事も完成度が高いと遊びになれるんだけど、仕事のままで終わっちゃったらつまらない。一般論ではないけど、俺の場合は絵本作家という形を探れた、今も探っているのかな。もっといい感じってあるよねって、いつも思っている。「モアベター(more better)」って言葉がいいな。今も悪くないんだけど、もうちょっといい感じを探る。その感じが楽しくてここまで来たんじゃないのかなと思います。
基本的に、本というものが好きなのね。どうやら。理由はよくわからないんだけど。親父もいっぱい本を読んでいて、身近に本があった家だったからかもしれません。で、文章を書くだけ、絵を描くだけというより、どうしても「絵本」というものを作りたいんだよね。俺は同時進行でやってたから。エッセイでも、文章を書きながら、レイアウトを考えてるし、写真集でも画集でも、ストーリー本も、どれも最後遊んで「絵本」にしたい。今回の作品展も、俺の中では一冊の絵本を作るのと同じなんだよね。
親しい友だちに料理人がいるけど、彼らは食材を見て、どうやって料理にするかをいつも考えてます。料理にしたい、メニューにしたいわけ。俺は絵本にしたい、絵本の材料になるものを探してるんだよね、どうやら。好きなことやってる人は、だいたいみんなそんな感じなんだよ。親しいカメラマンと一緒に旅行に行って、それぞれ写真を撮っていると、同じところを見てるのに全部違うものね、写真が。これ、どこにあった?って(笑)。視点が全然違うから、それが面白いんだよね。