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「懐疑論」 独善と独断がはびこる時代こそ 朝日新聞書評から

評者: 野矢茂樹 / 朝⽇新聞掲載:2026年03月14日
懐疑論-古代ギリシアからデカルト、陰謀論まで (中公新書 2894) 著者:古田 徹也 出版社:中央公論新社 ジャンル:人文・思想

ISBN: 9784121028945
発売⽇: 2026/02/20
サイズ: 1.5×17.3cm/256p

「懐疑論」 [著]古田徹也

 へえ。懐疑論というとデカルトが家元的だけど、それは後半を過ぎてから。前半で古代ギリシアの懐疑論であるピュロン主義をこんなに扱うのか。あ、違うや。デカルト以降の懐疑論はだめだけど、ピュロン主義はいいらしくて、こっちは懐疑主義と呼ぶのだね。ピュロン主義は気になっていたので、勉強させてもらえるのはありがたい。読みやすくて、ふむふむと読み進んでいたら、え、ウィトゲンシュタインか、と思わせる言葉が飛び込んできた。ピュロン主義はいっさいの独断を排する。だから断定することさえ避ける。だけど例えばセクストス・エンペイリコスの著作にも断定する主張はもちろんある。そこで「おまえだって断定してるだろう」と言われるのを予想して、自分の言葉は用済みになったら捨ててほしい、と。曰(いわく)く、「梯子(はしご)を使って高い場所に昇った人が、昇り切った後で、その梯子を足を使って蹴落とす」。――なにこれ、もろにウィトゲンシュタインじゃないか。『論理哲学論考』の最後の方に「梯子をのぼりきった者は梯子を投げ棄(す)てねばならない」とある。もしかしてウィトゲンシュタインはセクストスを読んでパクったのか?(違うと思う)。ピュロン主義は哲学を独断に陥った者に対する治療行為とみなしていたらしい。その哲学観もウィトゲンシュタインだ。
 ルネサンス期の哲学者モンテーニュもピュロン主義に影響された。ここでも、探求の立脚点を「蝶番(ちょうつがい)」に喩(たと)えるとか、世の中の混乱の原因の多くを「文法」に見るとか、ウィトゲンシュタインとそのまま重なる言葉が紹介され、もうびっくり。もしかしてウィトゲンシュタインはモンテーニュを読んでパクったのか?(違うと思う)。
 第4章ではまさにウィトゲンシュタインが取り上げられる。ウィトゲンシュタインの専門家でもある古田さんがなぜピュロン主義に入れ込んだのかが分かる気がした。
 いたずらに懐疑をふりまわすだけの懐疑論はだめだけれど、独断を治療する懐疑主義は現代にも生きるものとして古田さんは――危険性は認めつつも――推奨する。それで最後の章にはずいぶんいいことが書いてあるけれど、生活に活(い)かせて役立つ思想って、ピュロン主義そのものなんだろうか。ピュロン主義って、うかつに触るとやけどするような過激な思想なんじゃないかしら。だとすると、これはピュロン主義を多少弱毒化した古田さんの懐疑主義じゃないのかな。とはいえそれは、独善と独断がはびこるいまの時代にこそ、求められるものには違いない。
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ふるた・てつや 1979年生まれ。東京大准教授(哲学・倫理学)。著書に『言葉の魂の哲学』(サントリー学芸賞)、『不道徳的倫理学講義』『このゲームにはゴールがない』『謝罪論』など。