「村山さんはシベリアのことをいつか書かないといけないね」と、五木寛之さんに言われていた。シベリアに抑留されていた父は晩年、自叙伝を書き残してくれた。村山由佳さんは筆を執った。「DANGER」(新潮社)は、過酷な戦争と華麗なバレエを交差させながら、広がっていく。
村山さんの父は、2017年に他界した。子どもの時からシベリアの話は聞いていた。一緒にお風呂に入ると、父のももには、雪に埋もれた倒木で刺してしまった傷痕が残っていた。だが、実際にシベリアで何が起こっていたのかをきちんと知ったのは、大人になってからだった。80歳を過ぎた父から「書いてみた」と、自叙伝を渡された。
「隣に寝ていた人が朝になると亡くなっていた」という話は聞いたことがあったが、自叙伝にはこうあった。起きる気力もなくなった人を運んで、背中を流してやったが、担いで帰る途中でずしっと重たくなった。周りの捕虜からは「生きているうちに湯灌(ゆかん)が済んだ」と冗談が飛び出したという。それほど死が日常だった。
数年前に五木さんの言葉を受けて、自叙伝を読み返した。さて、どうするか。考えていたところ、バレエの世界を書いてほしいと依頼された。調べていくうち、日本にバレエを根付かせたロシアの女性を知った。その女性が育てたダンサーがシベリアに行ったとしたら――。「敵国の芸術を突き詰めていく衝動、その人たちがどういう風にあの時代を生き抜いたのか書けると思った」
若手記者と編集者が、世界的振付家にインタビューするところから話は始まる。日本のバレエの歴史を聞きに行ったが、彼が記憶のふたをこじ開けるようにして語ったのは、死と隣り合わせの日々だった。先が見えない過酷な生活が続いたが、彼はまた踊り始めることになる。生々しいシベリア抑留での出来事の描写には、父の経験が重なる。
当時、抑留されていたのは、男性だけではない。小説には、看護隊員だった少女たちも登場する。追い詰められた状況下で、彼女たちは尊厳や希望を奪われた。
「どんなに愛した人がいても、好きなものがあっても、戦争は個人の自由が全て奪われる」
それでも物語には、あたたかな灯も宿る。「あまりにも悲惨な話なので、最終的には生きていれば救われることもあるという一筋の光みたいなものはほしかった」
戦争の話を聞いて育ち、作家になり、若い読者もいる。ちょうど間に立つ自分が、戦争のことを書かないでいるのは「怠慢だ」という思いをずっと抱いている。「まるでその場にいるかのように物語に入り込む小説だからこそ、手渡せることってある気がするんです。小説の力を信じていきたい」
「権力は見張らないといけない」という父の言葉を思い返すようにしている。SNSで声を上げると、「もう読まない。本は捨てる」と言われることもあるが、「でも、本当に止められなくなったときには私の本なんて全部『焚書(ふんしょ)』扱いだろうし」。みんなが危ういと思ったときには、戦争は始まっている。だから、声を上げるし、戦争の物語を届ける。「杞憂(きゆう)に終わればいいことじゃないですか」
五木さんには「大きな仕事をしましたね」と言ってもらった。肩の荷が下りたような気がしたが、同時にこれからの挑戦についても言葉をかけられた。「たしかに、シベリアの全部を書けたわけじゃないし、戦争で色んな思いをした人はもっと他にもいる。まだとば口に立ったばかりだということなんだと思います」(堀越理菜)=朝日新聞2026年3月18日掲載