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『「クマのプーさん」誕生物語』書評 子供の心持っていると避難所に

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2026年03月21日
「クマのプーさん」誕生物語: A・A・ミルンとE・H・シェパードの生涯とその世界 著者:ジェームズ・キャンベル 出版社:原書房 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784562075942
発売⽇: 2026/01/23
サイズ: 21.6×2.6cm/230p

『「クマのプーさん」誕生物語』 [著]ジェームズ・キャンベル

 『クマのプーさん』の世界的成功は、何といっても挿絵画家であるシェパードの功績抜きでは語れませんね。まず、本書に掲載された魅力的な図版をじっくり鑑賞されたい。文章に従属した単なる挿絵ではなく、完全に自立した作品であるにもかかわらず、両者の印税は作者80%、画家20%。この矛盾。画家は刺し身のつまですか?
 本書を書評的に書くなら、「事実」と「物語」の境界線とか、時代背景と「癒やし」の正体とか、挿絵画家シェパードの視覚的側面とかを語ればいいんでしょうが、僕は別の側面に関心が向いてしまったので、そのことに触れます。
 作者のミルンは平和主義者だけれど画家のシェパードは体制側の支持者で、2人は互いに認め合う関係でありながら親しい友人になることはなかったみたい。シェパードは社交的だけれどミルンは内向的。
 だけどミルンの妻ダフネはシェパード夫妻を友人として認めなかった。彼女は社会的立場を常に意識して、夫の才能や活躍ぶりを称賛しながら自分はパーティーなどに嬉々(きき)として顔を出し、洗練された装いで人前に出ることを好んでファッション誌に登場し、自分の社会的地位や影響力を高めたいと願った。一方で夫のミルンは妻の宣伝活動には関わらず、煩わしい騒動から逃れるためにクリケットやゴルフに逃避する。
 まあ物書きの妻としての内助の功がそのまま自分の功績になってしまっているのだが、本書はそこを避けてもいないが批判もしていない。
 僕が『クマのプーさん』に惹(ひ)かれるのは、僕の中にあるピーターパン症候群願望を心の奥に根付かせて幼いままでいたいからというより、そういうものを守りたいからです。
 大人の責任、諦め、理屈や世間体は心が削られます。そんな時、子供の心を持っていると、それが心の逃避所になるのです。 
    ◇
James Campbell 20年以上環境保護団体で活動。E・H・シェパードのひ孫と結婚しシェパードの芸術文学遺産を監督。
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富原まさ江訳