すべての人が、おもしろい短歌を作れる
――この本のプロローグで「おもしろい短歌を作れない人は、この世にいない」と書いてあり、のっけから「真里子先生、大好き!」と思いました。
ふふ!うれしいです。わたしは、What to say(なにを言うか)とHow to say(どのように言うか)の2つを磨くことで、誰ともちがうその人らしいおもしろい短歌が作れる、と考えています。
What to sayに関しては、人はみなそれぞれ違った面白さを必ず持っているので、あとはその見つけ方、選び方を学べばいい。How to sayは言い回しのバリエーションと技術の問題なので、短歌を作れば作るほど、読めば読むほど、よくなっていくはず。だから、「おもしろい短歌を作れない人は、この世にいない」と本気で思っています。
短歌は短い分、他の人のメソッドを導入しやすいし、応用も効かせやすい。しかも、What to sayもHow to sayも経験がものをいうので、年を取ることがデメリットではなく、むしろメリット。短歌は、ずっと右肩上がりでいられる文芸といえるかもしれません。
――『あなたとわたしの短歌教室』は、5つの課題とその目的が提示されます。まず、①かんたん短歌のルールで基本的な技術を身につけ、②光景だけを書いた短歌で心を光景であらわす訓練をし、③その応用編で実景+つぶやきで短歌を作り、④短歌にオノマトペを入れて、息継ぎや隙間、情報量の調整を学び、⑤最後に折句(おりく:五七五七七の最初の文字をつなげると言葉があらわれる技法)で総まとめ。すごく具体的で、わかりやすいですね。
私は「早稲田短歌会」という早稲田大学の短歌サークル出身なのですが、新入生の作る短歌が面白くなっていく過程で、なにが変わったのか考えたときに、出てきたのがこの5つだったんです。
――章の終わりに、各課題に添って生徒役のライター・藤井そのこさんが短歌を作り、服部さんが講評するというのも面白い。それも、藤井さんの作品を直すのではなく、本人も気づいていなかった魅力を発掘し、もっと光らせてあげるというやり方で。一方、最近は、先生に赤ペンでズバズバと直してもらうことを望む人も多い気がします。
たしかにそうですね。「自分は間違っているので、どうか正してください」といった態度で作品を見せる方もいます。なにかで傷ついた経験がそうさせているのかな。
わたしはまず、その人の短歌のその人らしさが現れている部分を指摘します。それは、褒めるのとは違うんですよ。空が青いですね、雲が白いですね、と言うことと同じように、「あなたにはこういう美しいところがある。それがわたしの目には見えています」と、ただ伝えます。そのうえで、「でもその書き方だとその美しさが見えにくい。よくみえるようにこっちの面を前にしましょう」とか、「こういう磨き方にしましょう」と言うようにしています。
――すてきな教え方ですね。どうやって今のスタイルにたどり着いたのでしょう。
目の前にいる人を肯定したいという気持ちがあります。わたしには重度知的障害のある姉がいて、そのことで幼いころから周囲に過度な期待をかけられ、否定されてきました。高2のときには、摂食障害にもなりました。だから、誰かに「あなたにはいいところがちゃんとあるよ」と言うことで、自分をケアしているんだと思います。
褒められたくて、歌会へ
――短歌をはじめたきっかけは。
早稲田大学の入学式でもらった早稲田短歌会のチラシに「歌会をやります」と書いてあって。歌会というのは、ひとり一首、作った短歌を持ち寄って、印刷して配り、みんなで批評し合う会のこと。自分の短歌にコメントが欲しい、もっと言うなら、褒めてほしいと、参加してみることにしたんです。それまで短歌を作ったことはなかったのですが、31音だし、なんとかなるかなって。
すると、自分の書いたものを、なぜこの単語なのか、なぜこの助詞にしたのか、って本当に細かいところまでみんなが話し合ってくれて……。それがすごく自分を大事にしてもらっている感じがしたんです。すっかり嬉しくなって、私も他の人の短歌を読み取ろうとするうちに、誰かを尊重することで自分自身の心も温まるという経験をしました。
最初は「褒めてほしい」という承認欲求的な思いからだったのですが、実際に歌会に行ったら褒めてもらう喜び以上の何かを得たんです。それ以来、短歌に夢中になりました。
――2013年に第24回歌壇賞受賞、翌年、第一歌集『行け広野へと』を刊行。15年、同歌集で第21回日本歌人クラブ新人賞、第59回現代歌人協会賞受賞と活躍されます。2017年には自身が講師を務める短歌教室もスタート。ところが翌年から5年ほど短歌から離れたそうですね。
短歌とは関係ないところでしんどいことがあり、心身共に体調を崩してしまって……。自分は人を無意識で傷つけてしまう存在なんだ、と思い込むようになって、大切な人ほど遠ざけるようになりました。その時期は短歌を作ることも、人の短歌を読むこともできませんでした。
ようやく混乱から抜け出したとき、今度こそ「わたしが」いいと思う歌を書こうと思いました。人からの評価をまったく気にしないということは、きっとこれからもできないんだろうけど、それでも自分がいいと思う歌を作るしかないんだと、固く決意したんです。
短歌界に復帰して最初に短歌の人たちと会ったのが、再開した短歌教室の初日でした。その準備を教室の近くのカフェでしていたとき、「この講座の目的は、人生の楽しみをひとつ増やすことです。短歌がうまくなることではありません」という言葉がふっと出てきました。
「苦しまないといいものは書けない」の裏にあるもの
――この本でとくに刺激を受けたのが、「作者と作中主体はべつ」というお話。短歌の中で不倫をしようが、誰かを憎もうが、それは作者の出来事や感情ではなく、作中主体のものだと捉える。そうすることで、心の安全距離をとって、なんでも書け、冷静に作品をブラッシュアップできる……。わたしは小説を書いているのですが、自分との距離をとるのがむずかしくて。服部さんは最初から自分と作品を切り離せていたのですか。
それはわたしの短歌との出会いが、歌会から始まっているからかもしれません。早稲田短歌会の歌会では誰が書いたかわからない無記名の状態で純粋にその一首に対して評し合うんです。だから自然と、作者と作品を紐づけずに読むようになりました。これが、誰かの歌集に感激して短歌の道に入ったのなら違っていたかもしれませんね。
――それと関連して、「内的要請苦しみ礼賛への反旗」という言葉にも感銘を受けました。簡単に言うと、「悲しみや怒りなど苦しんでこそ、いい短歌が生まれる」といった言説には断固反対する、というもの。
じつはこれを書いていた時、清さんのことを思っていたんです。
――えっ、わたし……?
エッセイ集『夢みるかかとにご飯つぶ』で、「子どもを産んだ人はいい小説が書けない」と言われたときのことをエッセイにされていますよね。清さんは「そんなわけない。もっと小説は大きなものだ」と書かれていて、もう、あれに大共感したんです。
結局「子どもを産んだ人は……」も「苦しまないといいものは書けない」ということじゃないですか。これって、この世界に根強く残る偏見だと思います。もちろん、苦しい経験をした人がすばらしいものを作る、ということはある。だからこの説は否定しきれないけれど、「苦しみに素晴らしいものを書かせる力はありません」ということをポーズとしてでも言っていきたい。それをこんなに力強くいっしょに言ってくれる人がいた、って感激したんです。
――けれど、服部さんは色々な苦しみを経験されていて、それを利用して短歌を作ることもできたと思うんです。しかもきっとすごくいい短歌を。それをあえて拒否するのはなぜですか。
「苦しまないといいものは書けない」という言説の裏には、「わたしはこんなに苦しいんだから、その報酬があってほしい」という叫びがあると思います。わたしは子どもの頃、母からずっと「あなたは辛い思いをしなくてよかったね」と言われつづけてきました。母は子ども時代にいろいろと辛い思いをした人なので、私が楽しそうにするたびに、「なぜこの子だけが」という怒りをぶつけずにはいられなかったのでしょう。だから、子どもの頃からわたしには「楽しく生きていてごめんなさい」「恵まれていてごめんなさい」という気持ちがすごくありました。
けれどある日、「いいなあ!あなたは人生楽しくて!」と限界まで母に詰められたとき、ふっと何かがふっきれて、「人生楽しくていいじゃないか」と思えたんです。苦しんでいる人がいて、わたしはその人を救ってあげられないけれど、それとはべつに、わたしは人生を楽しんでいいんだ、って。
誰も救わなくても、価値はある
――「短歌には人を救う力はない。でも、ただ楽しいだけで価値がある」ということも書いてらっしゃいますね。
わたしの境遇を気の毒がった大人たちが、わたしと同じような子が主人公の本や自作の小説を渡してきたりしました。かわいそうな子どもが文学によって救われるのを見たい、という欲望が透けて、「わたしの苦しみを利用するな」とはげしい怒りを覚えました。
だから、短歌を含め、「文学は人を救わない」ということをいつも見失わずにいたい。わたしは誰かを救うために短歌を書いたことは一度もないし、これからもないと思います。同時に、「でも、価値はある」ということも言い続けたい。
――「この講座の目的は、人生の楽しみをひとつ増やすことです。短歌がうまくなることではありません」この言葉にすべてが詰まっているんですね。
この本で「人生を楽しんでいいんだ」と思ってもらえたらうれしいです。ただ自分が楽しいだけで、短歌を作っていいんだ、って。
◇
なお、このインタビューで答えてくださったことは、服部さんとご家族の、ある時期の一部分にすぎません。本書『あなたとわたしの短歌教室』の最後には、こう書かれてあります。
「母へ。私の人生における最大の幸運は何かと問われたら、あなたの娘に生まれられたこと」