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【谷原店長のオススメ】岡崎京子「東京ガールズブラボー」 きらびやかだけど、うたかたの夢のようだった「東京」の青春

谷原章介さん=松嶋愛撮影

 僕が高校生の頃に出合った岡崎京子さんの『東京ガールズブラボー』。1990年から92年にかけて連載され、夢中になって読みました。作者の岡崎京子さんは、80年代から90年代にかけて活躍した漫画家です。1996年に交通事故で重傷を負い、現在は筆を止めておられますが、過去の作品が映画化されたり、復刊されたりして、今も根強い人気を誇っています。前回の「谷原書店・漫画部」では、現在進行形で連載中の作品(『かげきしょうじょ!』)を選びました。今回は往年の名作で、かつ、前回よりも少しだけ年齢層を上げ、とりわけカルチャー色の強い作品を選んでみました。

 描かれている舞台は、まだ社会に勢いがあった頃の東京。この30年間、停滞したままの現代の東京とはおよそ異なる強い光を放っています。ただ、改めて読み返してみると、岡崎さんご自身の作家性、ご本人の持つ世界観の影響が強くて、その光が強いぶん、どこか空疎で、刹那的なものを同時に感じたりもする。そんな唯一無二の感覚を覚えるのです。

 16歳の主人公・サカエは、両親の離婚のせいで、母親に連れられ、北海道・札幌から東京に引っ越してきます。夢にまで見た、憧れの都会。ところが、転がり込んだ先の親類の家は、想像とは異なり、「おばあちゃんの原宿」と呼ばれる巣鴨・地蔵通り商店街にあります。「ヤングの原宿が良かった」などと愚痴るサカエですが、転校先の高校で、なっちゃん・ミヤちゃんと親友になってからは、東京生活を謳歌するように。でも、それがすぐにエスカレートし、クラブに遊びに出かけたり、成人向け雑誌の編集部にバイトで向かったりする日々を送ります。きらびやかだけれど、うたかたの夢のような、はかない青春――。

 サカエは転校早々、モヒカンを金髪にして停学処分を受けるなど、かなり自由奔放で破天荒なキャラクター。音楽とファッションを愛しつつ、どこか東京を過大評価し、憧れ過ぎているきらいがあります。その思いは、わからなくもありません。サカエほどでないにせよ、横浜で生まれ育った僕自身、東京に対しては、憧れと卑屈さの入り混じった思いを抱え、高校生活を過ごした記憶があります。横浜って、地元愛が強いいっぽう、「江戸っ子3代、ハマっ子3日」なんて言葉があるように、3日住めば「横浜人」として受け入れる寛大な気質があります。きっと、幕末の開港後、多彩な文化を受け入れてきた土壌が根付いているのでしょう。そんな街を僕は誇りに思いながらも、ファッションや文化の中心軸は、やはり多摩川を越えた首都に刺さっていて……。

 サカエは、横浜どころではない、800キロ以上も北に離れた札幌からはるばる――もっとも、札幌の歓楽街ススキノで既に遊んでいた、という描写はありますが――東京にせっかく出てきたのに、素行の悪さゆえ、巣鴨の親類の家を追い出されてしまいます。そして、とにかく厳格な祖母、その名も「ババア」の家へ移ることに。この「ババア」がとにかく厳しいのです。早朝にサカエを起こしては家じゅうを掃除させ、門限も厳しくし、サカエは通学以外、ほとんど軟禁生活を送ることになってしまいます。

 何とか「ババア」の家を抜け出し、都会を謳歌しようとするサカエ。そんなサカエと「ババア」の攻防たるや。「ババア」は、サカエの理解者としての顔なんて、これっぽっちも持ち合わせておらず、ひたすら毒づきます。結局、この「ババア」も含め、サカエのことを理解する大人なんて、ほとんどいない。巣鴨のおばちゃんや、親類のお姉ちゃんぐらいです。大人は若者を理解しないし、若者も理解を求めない。少し距離をとって見守る。今は過干渉な気がします。

 サカエが憧れる対象は、自分とほぼ年齢が変わらないか、ちょっと上の人たち。「マーチン」という成人向け雑誌の編集者の男なんて、半ば危うい世界に足を突っ込んでいる人で、挙句の果てには、仕事をすっぽかし「飛んで」しまう男。このあたりの描写は「リアルな東京だな」と思ってしまいます。東京という街は、有象無象が大勢いるところ。「この人は、本当に凄い人?」「これ、格好良いの?」――それがわからない人だらけなのです。

 一方、作中には当時、最先端だったミュージシャンの名前が出てきます。坂本龍一、細野晴臣。そんな憧れの偶像の大人と実際にすれ違うことは決してなく、身近に会うのは有象無象のヘンな奴らばかり。そのコントラストの鮮やかさは、遠い国のおとぎ話ではなく、もしかすると、作者の岡崎さんご自身の体験が投影されているのかも知れません。そういえば、レベッカの「ガールズ ブラボー!」(1985年)という楽曲がありますが、その歌詞はまさに、サカエを取り巻く泡沫の世界そのもの。もしかしたら、タイトルのヒントをそこから得られたのかも。

 岡崎さんご自身は、東京・下北沢で生まれ育ったそうです。今でこそ古着屋さんだらけになってしまいましたが、もともとシモキタといえば、庶民の息づかいを感じる商店街。物語の舞台・巣鴨の地蔵通りもそうですが、渋谷や青山、赤坂、六本木、湾岸エリアではない、東京は東京でも、どこか「あったかい街」ですよね。

 サカエはある月曜日、学校をサボって親友なっちゃん・ミヤちゃんと、都内散策に出かけます。「サカエちゃん、どこらへん行きたいの、やっぱ原宿?」。そう尋ねる2人にサカエは、これでもかと行きたい場所を並べ立てます。

「ラフォーレ、原宿プラザ、ミルクはもちろん、
竹下どーり、キーウエストクラブ、サンドウィッチのバンブーに、キディランド、
カフェ・ド・ロペ、ハニワのお花屋さん、
古着屋のフェイクにアカフジでしょ、
ア・ストア・ロボットの近くには
ピテカンがあるのよね」(本書より、※竹下通りは「竹下どーり」表記)

 原美術館、いわさきちひろ美術館、代官山、パルコ、東急ハンズ、高円寺、中野……。東京じゅうのスポットを矢継ぎ早にまくし立てる、サカエの姿が何とも微笑ましく、また、どこか懐かしくもあります。というのは、僕自身、幾度とやってくる「古着ブーム」の何世代か前の波に乗っていましたから。

 当時、お金を持っている人は原宿の「VOICE(ヴォイス)」に行き、持っていない僕らはシモキタや高円寺へ。安い古着屋で、とにかく何か良い服はないか、血眼になって探し回りました。古着業界もピンキリで、厳然としたヒエラルキーがあるのです。今でこそ下北沢にも高級ビンテージの店が増えましたが……。

 閑話休題。遊びまくるサカエを、遠巻きに眩しく眺める少年がいます。犬山のび太。坂本龍一をマネしてせっかく髪型を「テクノカット」にしたのに、とにかく内向的で、あらゆる場面で考え過ぎる。ずっと損な役回りを演じます。それでも一途にサカエを愛し、追い続ける、のび太。ずっとサカエに「犬丸くん」と間違えて呼ばれ続ける、可愛そうな、のび太。岡崎作品に出てくる男の子像の典型パターンと言えますね。

 そしてさらに、今度はそんな彼を一途に慕う「丸玉玉子」という女の子も登場します。現代では到底使えない、酷い形容詞で称される玉子は、のび太を愛し過ぎるあまり、彼の意中の人・サカエに執拗な嫌がらせを繰り広げるようになります。そして……。

 岡崎さんの漫画では、エロとグロが混じったり、文化の匂いを香らせたり、多面的な魅力があるのですが、この玉子に投影されるのは、のちに岡崎さんの代表的作品となる『ヘルタースケルター』(祥伝社)へと繋がる、はてしない闇。つまり、美しく顔や身体を変えることがすべてだと捉える闇です。あまりにも表面的で、人間の中身が埋まることのない、そんないびつな存在を生み出していくのです。

 やはり、ここにも煌びやかで一見楽しげ、でもどこか空虚。明るければ明るいほど、楽しければ楽しいほど、虚しくて、そして不吉な風がいつの間にか吹き始める。『Pink』(マガジンハウス)も、『リバーズ・エッジ』(宝島社)にも、その風は流れてきます。ちっともハッピーエンドにならない、救いようのない話。だけれども、東京の日々がパッケージされた物語。それこそがリアルで、岡崎漫画ならではの世界観です。

 もし、岡崎さんが交通事故に遭うことなく、ずっと作品を描き続けていたら、どんな世界を描くようになっていたでしょうか。年齢を重ね変わるのでしょうか、それとも変わることはないのでしょうか。80~90年代の時代を、岡崎さんは漫画として描きました。「当時の空気」が、肌感覚として伝わってくる。クロニクルとして、ジャーナルとして価値のある作品群だと思います。

 さて、僕自身、その頃の世界に戻りたいか? 僕はまったく思いません。僕自身もあの当時、遊んで、遊んで、週3、4日、クラブに通い詰めました。夜を徹して渋谷で遊び、朝まで営業している外苑前のカフェレストランでご飯を食べ、友達の家にそのまま行くか、クラブにもう1回戻っていくか。友だちの家で目が覚めたら、そのまま同じことの繰り返しです。夜中に目が覚めてご飯に行く生活って、楽しいけれど生み出すものは何一つありません。ただ、虚しさしか残らない。あの思いが、岡崎さんの作品を読むと、ウワーッと蘇ってしまいます。

 格好良い大人が、あの当時、クラブに大勢いたはずなんです。ちょっと年上の先輩みたいな存在。怖くて話しかけられない存在。今、もう1度会った時、気づいてしまうのかも知れません。「あ、コイツ、中身のないヤツだな」。「昼間の生活を大切にできてない人だな」。でも、そんな「キラキラした偽物」が蠢(うごめ)いていたのもあの当時の東京だったのです。

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 岡崎さんの『リバーズ・エッジ』『Pink』とともに、『バージン』(白夜書房、河出書房新社)も大好き。そして、岡崎さんと同世代で仲良しの漫画家・桜沢エリカさんによる『わたしに優しい夜』(マガジンハウス)もおすすめです。一緒に暮らし始めた姉と、ゲイの弟を軸にした、90年代のカルチャーの香る切ないストーリー。岡崎さんのようなエログロ的要素は薄まりつつも、やはり当時の空気がパッケージされています。この春、新生活で東京に来られる方々へ。有象無象の街・東京へようこそ。どうか悪い人に捕まらず、都会暮らしを謳歌してください。(構成・加賀直樹)