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「裏山の怪談」書評 死者と生者が出会う創造的世界

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2026年05月16日
裏山の怪談 著者:吉田 悠軌 出版社:山と渓谷社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784635320191
発売⽇: 2026/03/11
サイズ: 18.8×1.9cm/272p

「裏山の怪談」 [著]吉田悠軌

 昼間の子供の喧噪も消え、ガランとした空き地に滑り台やベンチなど無人の舞台装置だけが取り残されている。
 そんな空間を取り囲むように、人気(ひとけ)のない団地が何棟も並んでいる。空漠としたその背後から覆い被(かぶ)さるように襲う、黒い「裏山」。
 何とも不穏な怪異感を漂わせ、不気味な予感がする。平穏な日常を侵食し、次の瞬間、反転するに違いない空気を醸す本書のカバー絵が、読者を理解不能な恐ろしい場所へ突き落とすに充分な装置として描かれており、本書の内容を見事に暗示してくれているように思われます。
 早速、本書の怪異談を紹介しよう。と同時に、私の怪異談も重ねてみたい。
 ケイさんは道半ばで向こうからくる女性とすれ違った。私は人気のない道を自転車で走っていた。向こうに男の人が動かないで立っていた。
 ケイさんが見た女性はチューリップ帽の下の顔が判別できない。私も同様で、ハンチング帽の下の男の顔はベタッと塗りつぶされていた。
 ケイさんの見た女性はリュックを背負い、服を薄い色で統一していた。私が見た男は青いリュックを背負い、縦縞(たてじま)の長そでシャツにベージュのズボンに汚れたスニーカーだった。
 ケイさんは女性とすれ違って後ろを振り向くと、そこには誰もいなかった。私は男の面前で一瞬私の視線を外された気がしたが、次の瞬間男は消滅して、そこには公園の背後の怪物のような森だけがあった。
 ケイさんが通ったのは公園近くの山道で、私は誰もいない公園の脇の歩道だった。
 私はたまたまケイさんと私の体験をこじつけて語ったに過ぎないが、本書は実話にもとづく怪談を文化の領域でとらえており、民俗学や伝承を通して、生者と死者が遭遇する際の、合理を超越した創造的世界の実相に触れる瞬間を味わうことになるだろう。 
    ◇
よしだ・ゆうき 1980年生まれ。オカルトや怪談文化の研究家。著書に『教養としての最恐怪談』など。