ISBN: 9784469246988
発売⽇: 2026/04/03
サイズ: 13.5×19.5cm/266p
「フランケンシュタイン、日本到来」 [著]中川僚子
明治期の日本における翻訳は、言葉や思想など、あらゆる面で試行錯誤が繰り返されたがゆえに、実に豊かなエピソードに満ちている。そこにまたひとつ、本書によって、魅力的なエピソードが加わった。
メアリ・シェリーによる名作小説『フランケンシュタイン』は、怪物の象徴性や物語の意味などをめぐって、さまざまな批評を刺激し続け、常に新たな読者を獲得している。だが、その日本語への初訳が「新造物者(あたらしきぞうぶつしゃ)」と題されて明治中期に発表されていたことは、あまり知られてはいない。しかも、「瓠瓢舎主人(ひさごのやしゅじん)」を名乗る翻訳者が誰なのかは不明のままだった。その翻訳者は何者だったのか。『国の基(もとい)』という雑誌に発表された「新造物者」からは、何が読み取れるのか。
そうした問いに迫る本書は、謎解きの面白さを兼ね備えるだけでなく、学術的な手続きを踏む優れた研究書として、当時の社会と人の動きに丁寧に分け入っていく。
まずは原作小説について、歴史的評価や主題面での特徴が的確に紹介される。そして、「新造物者」の訳文に見られる異文化理解や語彙(ごい)選択から、翻訳の特徴が少しずつ明らかにされていく。
そうして推理を駆使し、翻訳者の「正体」にたどり着いてからの展開が、本書の真骨頂である。ある人物にフォーカスが絞られたことで、明治中期の文学における文体の文語から言文一致体への移行、女子教育の流動的な状況、挿絵画家が直面していた絵画様式と国家の関係が、次々に浮かび上がってくるのだ。
ある翻訳者の人生は、社会全体の変化と切っても切り離せないことを、本書は細やかな分析とスケールの大きな歴史的議論の両方を駆使して教えてくれる。明治における近代国家の歩みのなかで、新旧さまざまな要素が溶け込んで発表された翻訳版「新造物者」は、それ自体がフランケンシュタインの怪物のようでもある。
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なかがわ・ともこ 聖心女子大名誉教授(イギリス文学・文化、比較文学)。著書に『日常の相貌(そうぼう)』。