作家の佐伯一麦さんは、8年前から大阪の芸術大学で創作を教えている。新刊「水平と垂直」(新潮社)はその経験から生まれた小説だ。「山路さん」という非常勤の大学教員と学生たちの物語は、若者たちとの日々を通して自身の創作を見つめなおす作家の姿を、鏡のように映し出す。
佐伯さんはこれまでも、自身の経験や心情を作品に色濃く投影する、いわゆる「私小説」のスタイルで多くの作品を書いてきた。
山路さんは仙台に住む作家で、月に2回ほど大阪に滞在して大学で教える。いわば佐伯さんの分身だ。卒業制作の提出をあえて見送って留年を選ぶ学生。精神を病み、治療のため大学を休みたいと申し出る学生。山路さんを通して、小説は若者たちのさまざまな姿をとらえていく。
「私小説というのはもちろん自分自身を書くわけだけど、どれだけ他者とふれあって、他者を自分のなかに取りこんでいくかということをずっと考えてきた。大学で出会った学生たちを描いたのも、その延長線上にあると思っています」
作中には、学生たちがワークショップで実際に書いた文章も引用した。「学生たちの感性のきらめきとか新鮮さが見て取れるので、何らかの形で記録したい気持ちがありました。いまの若い人たちはスマホばかりさわってるみたいな印象もあると思うんですが、表現をしたいという欲求は本当に強い。大学で教える前には想像もつかなかったことでした」
学生たちは山路さんのゼミで書くことについて学び、山路さんは学生たちと向き合いながら、自身の創作の足跡をたどりなおしていく。
「そもそも文芸創作ははたして教えられるものなのかという問題は、やっぱりある。僕自身、誰かに教えを請うたわけじゃなくて、とにかく本を読んで自分で工夫しながら書いてきたから」と佐伯さん。「ただ、教える教えられるっていう相互関係は学びの場にはあると思う。だから教えるというよりは、若い人たちに加わって、一緒に作っているような感じです」
山路さんは東北新幹線と東海道新幹線を乗り継ぎ、6時間半の「水平」の移動で大学に向かう。車窓の風景を眺め、過ごした歳月や執筆してきた小説を回想しては、その思いが「垂直」に積もっていく。この物語にはそんなふうに、さまざまな「水平」と「垂直」が登場する。
水平はときに平面の移動であり、ときに時間の経過でもある。これに対して垂直とは、ときに記憶の蓄積であり、ときに少し宙に浮いた位置から自身を眺める視点でもある。
「最初に決めた水平と垂直というタイトルに運ばれて、いろんな想念が広がった。水平と垂直というテーマをめぐるバリエーション、変奏曲みたいなものを、自分なりに試みたところはあります」
主人公を「山路」と呼び捨てにせず、「山路さん」とやわらかく呼んで書き進めたこの小説の筆致は、軽やかで明るい。けれど「水平と垂直」というテーマは、自身の姿をどんな距離感で見つめるかという、私小説の核心にもときに迫っていく。
「私が私を認識するというのか、自分で自分の背中を見るような営みは、私小説の根本にかかわるものです。40年書いてきて、ひとつの旋律だけじゃなく、今回のような変奏も自分なりにできるようになった。でもそこにあるテーマは、ずっと変わっていない」。まさに水平に垂直に、創作の道は厚みを増しながら続く。(編集委員・柏崎歓)=朝日新聞2026年8月12日掲載