46の質問に「すみれ脳」で答える
――「子どもが英語嫌いです」「バイオリンと受験勉強をどう両立させた?」。読者から次々寄せられる相談に、一つひとつ廣津留さんが真摯に向き合い、答えを紡ぎ出す姿が伝わってきます。それにしても、お悩み相談の回答者になるのにプレッシャーを感じませんでしたか。
嬉しいです。ありがとうございます。プレッシャーは全然(笑)。「勉強と音楽に関する質問が多いのかな?」と予想していたのですが、「それ、私に聞く?」みたいな質問も多くて。職場の人間関係とか、「わざわざここに投げてくれるのか!」という質問もありました。「もし、すみれさんがお母さんだったらどうですか?」なんて、「私はまだ母になっていないのに」と思ったけれど(笑)、いろんな切り口から質問が来たのは意外で、嬉しく思いました。
Q 廣津留さんは大学受験の際、どんなポイントを重視して志望校を選びましたか?
Q ChatGPTなどAIを相手に英会話を練習することで、英会話力をアップできると思いますか? もし何か気をつけるべきポイントや懸念点があればあわせて教えてください。
Q 仕事などでどうしても関わらざるをえない相手の場合は、どうすれば……?廣津留すみれ『音楽脳×勉強脳の使い方』より
――廣津留さんに聞くべき勉強や音楽の話題以外に、人間関係や人生に関する相談も。
嬉しかったですね。「そういうことも私を参考にしてくれるんだ!」みたいな。
ハーバード大では応用数学、社会学を経て音楽へ
――それにしても、「公立高からハーバードへ」という進路は、大胆な決断です。ハーバードは、学力さえあれば合格するわけでもないと思います。廣津留さんが学生生活を通して感じた「ハーバードに向いている人」とは?
向いている人は、授業で毎回一番前の座席に座って、先生の話を一所懸命に聞くような人。それから、スケジュールを詰め詰めにするような人。「昨夜も3時に寝たわ!」みたいなタイプの人が本当に多いんです。みんな似たようなキャラが世界中から集まってきます。どんなチャレンジもウェルカムで、私の場合はバイオリンだけれど、何か一つを好きで続けてきた人は、学校の学友にもたくさんいましたので、それがハーバードに向くタイプだと思います。「なんでも楽しく取り組める」という性格の人なら合うんだろうなと思います。
――本書にも「楽器を奏でる学生が多かった」と書いていますね。意外だったのは、最初、ハーバードで応用数学の道に進み、そこから社会学に進路を変え、最後には音楽学にさらに変えていったことです。「継続が大事」というメッセージを本の中で発信している一方で、「変えることも、別にいいよ」と。その姿勢に励まされる読者は多いと思います。
そうですね。応用数学にしたのは、単純に応用数学専攻の友だちが多かったから(笑)。「おいでよ」と誘われて、「いや、でも数学苦手だから」と言っても、「Applied Mathematics(応用数学)は、日本の受験でやっていた数学とは違うから、とりあえず来てみたら?」って。専攻を決めるのが2年生の後期だったかな。そのタイミングで、各学部・学科がウェルカム・セッションのような会を開くんですね。応用数学の会に誘われて行ってみたらピザをもらえた(笑)。先生たちも楽しそうに食べているし、友だちも多いし、ウェルカムな雰囲気だったんです。
「応用数学が、音楽にも合うかも?」と思っていたのですが、授業を取ってみたら、「数学の化け物」みたいな学生がいっぱいいて、「これは大変! ここで 1位になるのはちょっと厳しいな」と思って、社会学に変えました。社会学の授業をいくつか履修していたのですが、それがみんな、おもしろくて「いけるかも」と思って。
同じ音を聴いても、言葉にすると全員違う
――そして最終的には音楽へ。廣津留さんはハーバード在学中からヨーヨー・マさんと共に活動し、音楽の発信をしていたのですね。
そうですね。ハーバードでは音楽実技がなく、理論や作曲を学ぶのですが、最後に取った授業で、みんなで同じ音源を聴いて、聴いて感じたものを細かく書くレビューペーパーを10人ぐらいの学生でシェアする授業があって、それがおもしろかったんです。毎週出される課題曲が普通の曲ではなくて、機械みたいな音が入っていたりと、言葉で言い表すのが難しいんですけど……。
――現代音楽みたいな?
現代音楽……でもないし、映画でもないし、いろんな素材の音が聞こえてくる、みたいな。
――ノイズみたいな?
ノイズなんだけれど、ノイズとは言わずに、それを自分でうまく言語化して、「何分何秒で何とかが何するような音が聞こえてきた」って分析するんです。例えば「金属ののこぎりが紙を削るような音」とか。2歳からバイオリンを続けてきましたが、音自体をテキストにする作業はやってこなかったので、新鮮でした。自分で発表し、みんなのレビューを聞く。すると、同じ音を聞いているのに(分析が)全然違う。「音楽って、こういう見方ができるのか!」。全員が批評し合う「音の言語化」、音を言葉にする作業を続けました。まったく新しい視点を得た感じがしました。
――そしてジュリアード音楽院へ。「ジュリアードに向く人、向かない人」とは。
ジュリアードはもう、何よりもまず演奏力が重視されます。
――ジュリアードは「個人との向き合い」が続くようですね。
そうです。自分で練習を積み重ねられない人には、かなり厳しい環境だと思います。エッセイ(小論文)を一応出すことは出すんですけど、先生たちはたぶん読んでいないかも(笑)。
――そして、コロナ禍を機にアメリカから帰国。もしパンデミックが起きていなければ、ずっとニューヨークで活動をしていましたか。
しばらくはニューヨークにいたと思います。その後、どこに行ったかわからないですけど。
――帰国後は、それまでとは異なる分野にまで活動が広がっています。とりわけ2021年から2025年まで出演された「羽鳥慎一モーニングショー」(テレビ朝日系)では、廣津留さんのことを初めて知った人がたくさんいたのでは。
そもそも日本に帰ってくるタイミングも全然決めてなかったので、帰国は予想外でした。ただ、「モーニングショー」で知ってくださった方がコンサートに来てくださることがとても増えたんです。帰国当初はまだ日本に音楽的なつながりはなく、コンサートもなくて、(故郷の)大分で散歩していただけだった(笑)。コロナ禍では、部屋で演奏動画を撮ったり、星野源さんの曲に伴奏をつけたり。テレビで見てくださる方が増えたから、コンサートに呼んでくださるようになり、ソロとして演奏する機会が一気に増えました。それは、大きな変革でした。本当にありがたいことですね。