学ぶ側から、教える側へ
――アメリカから帰国後、大学で教鞭をとっておられますね。廣津留さん自身が「学ぶ」ことと、次世代の学びを「支える」ことって、求められる筋肉も脳みそも違うと感じます。
パフォーマーなので、学生からの反応が薄いと、「なんかもうちょっと盛り上げないと!」ってなっちゃうんですよ(笑)。
――すごいサービス精神!
「今日、あんまり手が上がらないな」と思うと、「もっとノリ良くしないと」って思う。学生たちの反応を見ながら、話すテンポも少し速めています。もともと常に早口ですけど(笑)。ゆっくり話しすぎると、集中が続きにくいこともあるので、1.25倍ぐらいの速度で喋ります。1限なんか、みんな、めっちゃ眠いじゃないですか。学生のリアクションに応じて、教え方や話し方、説明の仕方を変えたりしますね。
――そこもやはり耳、聴覚に訴えかける。先ほどのハーバードの話とつながってきますね。
そうかもしれないですね。特任准教授として勤めている国際教養大学では、キャンパスのある秋田での対面授業とオンライン授業のハイブリッド。考え甲斐のあるお題でディスカッションをすると、みんな、とても活発に意見が出てきます。
音楽を入り口に、さまざまな世界を考える
――国際教養大は全部英語の授業ですよね。どんな授業を今、担当しているのですか。
「Violin Ensemble」という実技授業を週1コマ、そして「Music Beyond Borders(マクロ「音楽」学)」という科目名で週2コマ、計週3コマ教えています。後者の授業では毎週、「音楽×教育」や「音楽×脳」といった具合に、心理学、スポーツ、文学など、音楽と異なるトピックを掛け合わせたテーマで、音楽を通して違う分野を見るという設計にしています。ディスカッションをたくさん入れるようにしていて、たとえば「リーダーシップ」がテーマなら、「指揮者は本当に必要ですか?」とか、弦楽四重奏の演奏を聴かせて、「今、誰がリードしているでしょう?」「どういうリーダーシップが弦楽四重奏に必要でしょうか?」といった問いを投げています。
――音楽専攻ではない学生にも、そういう授業を展開しているのですか。
そうですね。国際教養大学には音楽専攻はありません。日常の中で何気なく耳にしている音楽や音について考える授業なので、「音楽に興味があれば履修していいよ」と。例えばサッカーW杯の試合では、みんなでお決まりの「オーオー!オオオ、オッオッオッー」って歌うじゃないですか。「それってどういう意味があるの?」「選手側、ファン側にそれぞれどういう効果があって、どう説明する?」。そういうのを一つひとつ見ていく感じです。
――それも「流れている、聞こえてくる音を言葉にする」という意味で、つながってきますね。
日頃、聞き流していることを分析しないといけない。初代学長(故・中嶋嶺雄氏)がアマチュアのバイオリニストで、古代ギリシャのリベラルアーツでは音楽も入るじゃないですか。だから、音楽を教えることを重要視されていました。学内には20丁もバイオリンがあって、それを私の実技の授業では完全初心者に貸し出しているんですよ。他大学にはなかなかないことですよね。
コンサートでは知らない曲との出会いを届けたい
――そうすると、1週間のサイクルは、……もちろん演奏本番がある時は別でしょうけれど、どのように回っていくのですか。
土日はだいたい全国各地で演奏本番があります。月・水曜日に授業があって、ただ、全部午前中に終わるようにしていますので、午後はどんな仕事でも入れられるようにしています。秋田に行くのは月に2回ほど。あとはオンライン授業です。週決めのルーティーンは、それとジムぐらい(笑)。
――そうして迎える演奏本番では、選曲についてどんな思い入れを抱いていますか。
聴く方は知らない曲ばかりだと難しいし、ただ、みんなが知っている曲ばかり演奏するのも違うと思っているんです。コンサートの曲目はそれをちょうど良い感じにミックスします。先日、徳島での演奏会でも、みんなが知らないだろうけれど、私がとても良い曲だと思うヴァイオリンソナタ……、25分ぐらいあるんですけど、「この曲の、このポイントが私は好きで、みなさんにぜひ知ってほしいです」と紹介し、演奏しました。多くの人たちは、人生の中でコンサートに行く回数って、意外と50回ぐらいしかないかもしれないじゃないですか。
――50回に満たないかもしれないです。
だから曲に出合うきっかけとしては、数少ないうちの一つの貴重な機会をもらっているので、そういう時に、エルガーの「愛の挨拶」やヴィヴァルディの「(「四季」より)春」を弾いて、「楽しかったでしょう」って、全員が知っている曲だけで終わりたくない。一方、コアなクラシックファンの方だけに向けて「こういう曲なら玄人受けするだろう」というのも好みではない。どんな場所に行っても、自分にとってもみなさんにとっても新しい音楽の発見があるようなコンサートにしたいと思ってやっています。
難曲への挑戦で、コンフォートゾーンを広げる
――今年3月、ヴィヴァルディ、メンデルスゾーン、チャイコフスキーの協奏曲を1公演で演奏する超ボリューミーな演奏会を東京フィルハーモニー交響楽団と共に開きました。全部それぞれ約40分の大曲です。
「三大ヴァイオリン協奏曲」。あそこまで大規模な演奏会は、今年はもうないかな(笑)。どれも、私が小学生から中学生の頃に先生と特訓して練習してきた曲。みんなの憧れの曲です。一方、最近、福岡の演奏会で弾いたコルンゴルト「ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.35」は、初めて取り組んだ曲です。初めて学ぶうえにトリッキーな難曲で、暗譜で弾かなきゃいけない。「三大ヴァイオリン」とどちらが難しかったか、と聞かれると、印象では「三大」の曲を一気に弾くのが「激ヤバ案件」ではあるんですけど、高校生までに頭に1回入れた曲と、大人になってから初めて取り組む曲とでは、難易度が全然違うんです。外国語習得もそうだと思うんですけど。
――ハードさの種類が違うということですね。
しかもコルンゴルトは、なぜか毎小節のように拍子が変わるんですよ(笑)。「どっちもどっち」で難しさが違う。そういう挑戦を自分に課していかないと、どんどん、コンフォートゾーン内で終わってしまうから、新しい曲を自分に課していける状況はありがたいです。「知らない曲だから、挑戦はやめておこう」とは、なりたくないと思います。
――絶えず自身に負荷をかけながら、クラシックの魅力を広める廣津留さん。その「音楽脳」と「勉強脳」がどう関連するのか、脳科学的に解き明かしたのが、脳科学者・西剛志(にし・たけゆき)先生との対談です。この本に収録されていますが、目からウロコの対談でしたね。
本当に勉強になりました。「どうやったら3月の、その『激ヤバコンサート』を乗り越えられるか」を個人的にいろいろ聞いたんです。緊張している時に、その状態を「緊張」ではなく「興奮」と前向きに捉え直す。テクニカルな部分は考えてきたのに、たしかに「頭の考え方」については考えたことがなかった。そうするとステージのパフォーマンスも変わってきて、「ここまで影響があるのか」って、驚いています。ミュージシャンはみんな、1度は西先生のお話を聞いたほうがいい! 音楽だけじゃなく、スポーツする方もそうだし、大事な本番を控えている方には、参考になる部分があると思います。ぜひ読んでほしいです。臨機応変に自分のマインドをコントロールすることで、より自分にとって大切なものに集中できると思います。
――「はじめに」でも書いておられましたが、AIに任せられるところは任せ、自分の思いに120%そこに向き合う。切り分けて注力すれば効率が良くなりますよね。
人生楽しくなると思います。私としては、インプットもアウトプットも大事にしたい。コンサートや、大好きな歌舞伎を見に行きたいです。そのためには心と時間の余裕が必要。それは、一番大切なもの以外はとにかく効率化する、そこまでがセットなんじゃないかなと思います。
――「Q&A」に加え、対談からも、人生に取り入れていきたいヒントがこの本には盛りだくさん詰まっています。最後に今後、挑戦したい分野は。
録音をもっといろいろしたいです。去年、レーベル「Hatch Music」を立ち上げて、ソロ・アルバムを出しました。今までも録音してCDを出す機会はあったんですけど、自分で全部プロデュースして出したのは初めてです。音楽って、カタチになりづらいものですよね。ライブの「再現できない」という面は魅力ではありますが、録音はその時の自分を冷凍保存する感じで、後で聴いた時に、「あ、あの時の私はこう弾いていたな」っていう発見がある。それに、曲順や構成を考えるのは、なんてクリエイティブな作業なのかと気づきました。録音を残していく活動を、より増やしていきたいと思います。
――パッケージすれば、その時の空気感や、コンディション、メンタルも込められるのですね。
各地で行うコンサートでもこれからも新曲にトライし、音楽的な挑戦をいろいろしたいと思います。ぜひ、演奏を聴きにいらしてください!