1. HOME
  2. コラム
  3. 中江有里の「開け!本の扉。ときどき野球も」
  4. ヒリヒリしたペナントレース 「もしもし、運命の人ですか。」に誘われて妄想の世界へ 中江有里

ヒリヒリしたペナントレース 「もしもし、運命の人ですか。」に誘われて妄想の世界へ 中江有里

(Photo by Ari Hatsuzawa)

 阪神タイガースにマジック23が点灯したのが8月末。
 1カ月後にはきっと優勝している。Xデイはいつだろうと心弾ませていた。
 しかし現実は甘くない。
 9月、今季最長の7連敗。負ける度、心がぺしゃんこになった。

 絶頂からいきなり突き落とされたような気分。

 阪神タイガースはいうなれば「底」の状態。
 かろうじて首位……首の皮一枚とはこのことだ。

 秋の気配漂うこの時期まで、ヒリヒリとしたペナントレースが続いている。
 精神的にはしんどいけど、緊張感を持って一試合一試合観られるのはある意味幸せ……と自分に言い聞かせているが、本音は「はよ安心させてほしい!」

 ペナントレースは長い。ずっと勝ち続けられないし、ずっと負け続けてもいつかは勝つ。
 だけど負けが込むと、自信を失う。機嫌が悪くなる。ちょっと自暴自棄気味にもなる。

 推しのチームの勝ち負けは、興味のない人には理解が及ばないだろう。
 それは恐ろしいほど、心揺るがす。毎日の眠りの質が悪くなる。
 特にひとりで負け試合を観た時は、どうしようもなく落ち込む。
 複数人での観戦なら、一緒にガックリして「また明日」と言えるけど。

 ひとりで落ち込んでいる時、立ち直らせるのは自分しかない。

 負けが込んだある時、こんな心境になった。

 「負ける準備はできている」

 後ろ向きだと言われそうだが、「負ける」と思っている方が楽なのだ。
 そうやってダメージをくらわないよう、心にバリアを張っている。
 最終的に優勝してほしいけど、自分の心を守りたい。それだけ。

 歌人の穂村弘氏のエッセイが好きだ。『もしもし、運命の人ですか。』はめっちゃ好き。
 恋愛エッセイとある。どんな恋愛かと言えば、運命の人に出会った時のシミュレーションが延々と続く。その妄想のバリエーションの抱負さと自虐っぷりがなんとも味わい深い。

 たとえば飲み会(一次会)が終わって、二次会へ行く流れができるが、これ以上何もおこらない気がして、

 「俺、帰るよ」
 「ええー?」
 周囲から思いがけない声があがる。
 ぱっと嬉しくなる。
 何、俺にいて欲しいの?

 心の声が駄々もれだ。タイトルの「運命の人」という言葉の引きが強い。
 運命―それはあらかじめ定められたもの。抗えないから運命と呼ぶ。
 運命の人というのは、自分と対になるような存在だろう。

 阪神タイガースを推していると、この思いは恋愛感情と似ているような気がしてならない。
 その存在を最大限肯定する、そんな感情だ。
 もし運命の人がいるとするなら、阪神タイガースとしておこう。

 大事だと思う試合の前日は、必ずといっていいほど夢を見る。これも一種の妄想だ。
 夢で妄想の試合を繰り広げる。誰にも迷惑をかけないので思い切り妄想している。

 阪神タイガースには強くあってほしいし、勝っていてほしい。いい試合をしてほしい。

 勝っても負けても、変わらずに応援できますか?

 結婚式の誓いの言葉みたいになってきた。もちろん誓います。