写真家の星野道夫さんが亡くなって30年が経過した。アラスカの自然や人々について雄大な写真と柔らかな文章で伝えた人は1996年8月、ヒグマの事故によって43歳で急逝。けれど今も、多くの人が彼の生涯と作品に想(おも)いを寄せ続けている。故人の妻・直子さん(56)に聞いた。
結婚した93年頃、星野さんは直子さんに告げた。「美しい風景を見て感動したことを人にどう伝えたらいいと思う? ある人は写真で伝えるかもしれない。ある人は文章で表現するかもしれない」。そして言った。「自分が変わっていくことだと僕は思うんだ」。2026年の直子さんは笑顔で懐かしむ。「亡くなった後で本当の意味を知った気がします」
悲報から30年後の夏も星野さんの写真展は東京、大阪、岡山など各地で開催。写真集「ナヌーク 氷原の静かなる物語」(クレヴィス)も出版。命なくとも存在は生き続けている。
没後、事務所の代表を続けてきた直子さんは言う。「支えて下さった方々の力です。星野は周りにいる人を本当に大切にする人でした。私もそんなふうに変わっていければいいな、と思い続けた30年でした」
交際を始めた92年1月、直子さんは「夢は何?」と聞かれた。書店勤務の傍らフラワーアレンジメントの仕事に夢を抱いていると伝えると「本当に好きなら大丈夫」と背中を押され、退職。同年夏に初めてアラスカを訪れ、翌春には結婚して移り住んだ。94年秋には長男・翔馬さんが生まれた。「出会ってから一緒にいられた4年半はとっても短かったけれど、本当にかけがえのない時間でした」
命日の8月8日。560ページの大著「星野道夫 アラスカ」(スイッチ・パブリッシング)が刊行された。互いの20代から親交を持った編集者の新井敏記さん(72)が雑誌「SWITCH」の特集記事などを再編集した。「たったひとりのために書く手紙のような魅力が彼の作品にはある。なぜ追い続けるのかと言われても、好きだからとしか言えません」。別れの後、旅の雑誌「Coyote」を創刊。何度もアラスカを訪れた。
夫を失った後、残された作品群から年譜を作成していた直子さんは気付く。「結婚した年に花の写真をいっぱい撮っていて」。ザトウクジラが舞う海やカリブーの群れが走る原野だけでなく、足元の花々を。愛する人が愛するものを。「自分が変わっていくことだと僕は思うんだ」。変わることは誰かに想いを伝える方法でもある。(編集委員・北野新太)=朝日新聞2026年9月30日掲載