1. HOME
  2. コラム
  3. 季節の地図
  4. あまい、からい、すい 柴崎友香

あまい、からい、すい 柴崎友香

 東京に住んで二十年以上経つが、東京ではそういう言い方はしないとわかりつつ、自分にはしっくりこないので使い続けている言葉がいくつかある。「しまう」意味での「直す」が筆頭だが、塩辛いときの「からい」もそうだ。

 唐辛子の辛いも塩辛いも大阪弁では「からい」であり、塩気が強すぎる食べものを口にした瞬間に思い浮かぶのは「からっ」であり、人と話すときにも「しょっぱい」は江戸っ子っぽい響きがある気がして使いこなせていない。

 先日スーパーで「銀鮭(ぎんざけ)(甘口)」と書かれた切り身を買ってきて焼いて食べた。「甘口にしてはけっこうからいやん」と思ったあとで、「甘塩って意味なのはわかってるけど、甘くないのになんで甘口なんやろ」と気になって、辞書を引いてみた。糖分の甘さを表すだけでなく、塩気が少ないことも「甘い」の意味にあった。

 糖の甘さと塩気が対になっていると考えれば、「点数が甘い」と使うとき対義語は「点数が辛い」だと思いあたる。「世知辛い」は、唐辛子のひりひり感でもおかしくはないが、やはり塩のじわじわ利いてくる感じがするし、近頃はつれない態度を「塩対応」などと言うから、思い通りに行かない厳しい状況などを表すとき、塩気の言葉が使われるようだ。塩辛いものはそんなに多く食べられない、塩分は必要ではあるが取り過ぎると体に悪い、というようなイメージが浮かぶ。

 人生や世間と味覚の表現には、「酸いも甘いもかみ分ける」という言葉もある。「精選版日本国語大辞典」によると「経験をつんで世間の微妙な事情や人情の機微に通じ、分別がある」。世間、人情、微妙、機微。いかにも割り切れない、経験からしか計れないあんばいが肝要な言葉が並ぶ。あんばいは「塩梅」と書く。なるほど塩味と酸味のブレンドなのか。

 人生や世間を表す言葉と味覚の結びつきは辿(たど)っていくとおもしろいと思いつつ、もう少し塩気の少ない鮭を買いに行く。=朝日新聞2026年10月21日掲載