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気ままな記憶 柴崎友香

 少し前に配信動画を見て家でできる運動をしているとこの欄で書いたが、なにごとも長続きしない私にしては珍しく半年以上続いている。ただ、ちょっとだけ困っていることは、その動画で流れている音楽が、それ以外のときにも頭の中で鳴り続けてしまうことだ。

 音楽の一部分が頭の中で流れて止まらない現象はイヤーワーム(耳の虫)と呼ばれて研究などもされているようだが、私はこの状態になりやすい。テンポの速い曲もこの現象を引き起こしやすいようで、運動動画で使われる音楽は条件に当てはまっているのかもしれない。

 確かにテンポの合った音楽があるほうが体は動かしやすいのだが、嫌いというほどではなくても好きではないタイプの音楽が、長時間脳内で流れる。けっこう細かいところまで再現されて、こんなに記憶できるもんなんだなと思う。世の中には「耳コピ」なんていって楽譜がなくても聴いた音楽を楽器で弾ける人もいるが、私は音楽的な素養がなく、それがどんな音楽かを人に説明することすら難しい。だから、この半年、一日に一定時間脳内でそれなりの解像度で聞こえてくる数曲は、そこからなにか発展させることもできないのに、たぶん記憶の容量をかなり使っているのではないかと思う。

 パソコンやスマホを使うのが生活の一部になっていると、自分の記憶や頭の活動をつい、デジタルの機能に置き換えて考えてしまう。デジタルの機械なら、日に何度も聞こえてくる好きでもない曲のデータを消去して情報処理の速度を上げられるのに。消去して空いた容量で、語学学習アプリで勉強している韓国語をもっと覚えられたらいいのに、と。

 しかし、デジタル機器のようにオン・オフがままならないのが人間で、自分の意志ではなく何かを思い出したり覚えていたりする私の性質は、たぶん小説を書くこととつながっているから、今日もループしている音楽とそれなりにつき合っていくことになるだろう。=朝日新聞2026年812日掲載