このところ接客をしている。接客といっても、レジを打つでも品物を包むでもなく、ただ会場にいる。友人のイラストレーターの西淑(にししゅく)さんと展示をしているのだ。彼女に描いてもらった十三年分の年賀状画を飾り、それに文章をつけた冊子を販売している。つまりは在廊。私は展示会場で所在なく漂っている。接客ともいえないかもしれない。
職業小説家になって十七年、三十を超える本をあちこちの出版社から刊行してもらったが、実際に自分で本を棚に並べたり売ったりしたことはなかった。なので、自分たちで作った本を自分の手でお客さまに渡すのはとても新鮮だったし緊張もした。緊張のあまり、ついつい余計なことを喋(しゃべ)ってしまう。訊(き)かなくていいことを訊いてしまい、謝って気まずくなる。そんな自分に落ち込む間もなく、次のお客さまに相対する。
早い、と思った。感情の整理や応対の振り返りができない。たて続けに何人かと話すと、会話の内容も感情もごっちゃになってしまう。だんだん頭も口もまわらなくなってくる。一人で執筆をしている時は悩んだり迷ったりしたら手を止めれば良かった。息抜きも自分のタイミングでできた。そうやって仕事をしているうちに、自分の頭(口)の働きも対人能力もすっかり鈍くなってしまったのだろう。二十代の頃は病院などで受付もやっていたのに。
帰宅し、ゆっくり入浴して、床についても、頭の中でたくさんの声がする。今日話したお客さまの声なのか、自分の声なのか、判別することはできないが、ぱちぱちと泡がはぜるように声がひびく。賑(にぎ)やかだ。反響する拍手のようでもある。ずっと頭が忙しいままではと不安になる。
受付をしていた頃もそうだった。でも、忙しく働く頭の奥にしんと静かな場所があった。それがくっきりした時、物語が生まれて、書き留めたいと思った。その記憶がよみがえった瞬間、ふっと身体から力が抜けた。展示が終わったら一人で執筆する生活にちゃんと戻れると思った。=朝日新聞2026年10月28日掲載