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眠い季節 千早茜

 夏は眠い、と子供の頃から思っていた。体育でプールに入った後の授業は船を漕(こ)ぎっぱなしだったし、夏休みも昼寝は欠かさなかった。というか、気がついたら寝ていた。記憶の中の夏は暑さよりも眠たさが体感としては鮮やかだ。

 大人になれば夏の眠気と離れられると思っていたが、依然として夏がくるたびに眠たさに翻弄(ほんろう)されている。先月、猛暑日に仕事で九州の島へ行った時、ほぼ初対面の人の前でうとうとしてしまった。決して退屈なのではなく太陽と潮風にさらされたせいだと弁解すると、その人は笑いながら「暑いですしねえ」と言ってくれた。

 暑いと生きているだけで疲れるし、熱帯夜は寝苦しいので睡眠が浅くなり昼間に眠くなってしまう。それは子供も大人も変わらないようだ。しかも、温暖化で年々暑くなっているので、比例して眠気も強くなっていてもおかしくない。ここ数年は夏に外出すると、帰宅してからまったく執筆ができない。なんだかぼうっとして、お箸を出そうとして冷蔵庫を開けたり、浴室へ行って何をしにきたのかわからなくなったりする。「できない」「できてない」が生活に散らばり落ち込む。夏は作業効率と自己肯定感が格段に下がる。

 最近、暑さ以外にも眠くなる要因があることに気付いた。空腹だ。お腹(なか)が減るとカリカリしだす友人は少なくないが、私はどうも眠くなる。「いや、いま眠くなってどうするの。狩猟民族だったら滅びるよ」と自分に突っ込みを入れたいところだが、いかんせん眠い。緩慢な動きで料理をしたり、怠(だる)そうに飲食店を探したりして、食べ物の匂いを嗅ぐと覚醒する。「省エネタイプなのでは」と友人に指摘された。エネルギー消費を抑えるための眠気だと捉えると、自分の体が機能的に思われた。なので、眠いと感じたら眠るようにした。ひとまず寝てから考えよう、と横になる。起きると眠気で窮屈になっていた視界は幾分(いくぶん)晴れている。このエッセイもそうして書いている。=朝日新聞2026年8月26日掲載