1. HOME
  2. コラム
  3. 新書速報
  4. 深い倫理観が伝わる「いじめ後遺症」 中村佑子の新書速報!

深い倫理観が伝わる「いじめ後遺症」 中村佑子の新書速報!

  1. 『いじめ後遺症』 斎藤環著 岩波新書 1034円
  2. 『世界はトラウマでできている』 竹内伸著 ちくま新書 990円

    ◇

 「いじめ」という言葉の柔らかさから、被害者の人生全体が崩れることが見過ごされてきた。七十三歳で少年期に自分をいじめた人を殺害した事件もあった。影響は驚くほど長期化する。(1)は、長年引きこもりを専門とする精神科医の立場から、いじめが長期間を経て自殺や引きこもりに帰結することは珍しくないと指摘する。

 現在いじめ対応の主軸は加害者になっている。調査に時間をかけ、加害者を指導、更生させる方が分かりやすい解決に見えるからだ。被害者の保護より指導偏重、学校はケアが欠如した場という指摘が重く響く。被害者保護を優先に、という著者の正義感と深い倫理観、思いやりが伝わってくる。近年著者が提唱するオープンダイアローグによる被害/加害者、担任教師による会話例が教育関係者にはきっと役立つし、読んでいて緊張が解かれるようだった。

 昨今、父親の戦争経験がDVなど戦後の家庭に影響を及ぼすことが指摘され、トラウマは広く人口に膾炙(かいしゃ)している。(2)は、児童精神科医の立場から、トラウマとなる「衝撃的な記憶」は、これまでの記憶の束に「うまく撚(よ)り合わさって入ることができず」置き去りにされた経験と説く。医療のとくに精神科医療の現場でさえトラウマの認識が足りないという。武勇伝も、トラウマの直視を忌避する強がりの感情、など歯切れ良くあらゆる事象にトラウマを見るが、一方で思い残しという意味でトラウマのない人生などあるだろうか、とも思った。=朝日新聞2026年10月31日掲載