
ISBN: 9784490211085
発売⽇: 2025/03/27
サイズ: 15.8×21.2cm/512p
「恐怖とパニックの人類史」 [著]ロバート・ペッカム
第2次トランプ政権が繰り出す「トンデモ」政策に、米国のみならず世界全体が恐怖を覚え、パニックともいえる動揺が広がっている。原書は2年前の出版だが、その時点で著者が、思想と表現の自由が抑圧され、民主主義が瓦解(がかい)すると見抜いているのが、慧眼(けいがん)だ。
人類の歴史を中世の疫病蔓延(まんえん)から始め、恐怖とパニックがいかに統治者や資本家、メディアや行政官により政治化され、支配の道具とされてきたかを本書は追う。そこで取り上げるのは、フランス革命後の恐怖政治や、ナチス・ドイツ、スターリンのソ連といった全体主義下での恐怖による圧政だけではない。ヨーロッパが都市化し、さまざまな階層、出身の住民の間の距離が縮まり、密な空間での感染症への恐怖が高まり、工業化したことで産業機械に命を奪われることに、怯(おび)える。
群衆の恐怖とパニックは、近代の産物だというわけだ。その結実が、二つの世界戦争である。
近代国家の課題は、恐怖とパニックをいかに管理するかだった。戦争下では、外と密通する「内なる敵」への恐怖が駆り立てられるが、それは往々にして、特定の集団を固定的に矢面にする。麻薬蔓延の原因として中南米系が、伝染病の元凶としてアフリカ系住民が、人種主義的に脅威視される。ユダヤ人も同様だ。
そしてそのパニックは、製薬会社や投資家など「惨事便乗型資本主義」を利するものでもある。一方でソーシャルメディアは、「十分な知識がない」状態の人々に「有り余る」情報を提供し、なにが真実か目隠ししたまま、パニックを煽(あお)る。
著者の主張は、恐怖が他者との間で相互依存的に成立するということだ。植民地支配者が、被支配者を恐怖で統治しつつ、いつ反乱がおきるかと恐怖するように。今の恐怖は、連続したさまざまな過去の出来事が結びついて存在するのだ。であれば、トランプの恐怖は過去のどんな連続性を反映しているのだろう。
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Robert Peckham 英国出身の作家・歴史家。元香港大学教授。芸術、科学、技術、医学をテーマに執筆を続けている。