
ISBN: 9784022520319
発売⽇: 2025/02/07
サイズ: 18.8×1.9cm/328p
「地下鉄サリン事件はなぜ防げなかったのか」 [著]垣見隆
いつもと同じようにソファに腰掛けながらページを繰って読み始めたのだが、いつの間にか居住まいを正し、赤ペンでチェックしながら一連の捜査を追う真摯(しんし)な姿勢になっていた。オウム・サリン事件から30年が経つ。いまだに真相が明らかになっていないこの事件について、当時、警察庁刑事局長だった垣見隆さんが重い口を開いた証言の書である。そう、オーラル・ヒストリーの手法がとられている。
だが何かが違う。読み進むにつれて、いやこれは1人の証言者に対し、これまでの記録や証言を読み込んだ4人の聞き手が、尋問するような形でコトの真相を真正面から問う。これに対して垣見さんも、知れる事実、知らぬ言辞、よくわからぬ事柄を明確に分けながら、一つ一つに答えていく。そして聞き手はまさに本のタイトルのごとく「地下鉄サリン事件はなぜ防げなかったのか」という課題設定に迫ろうとするのだ。
普通のオーラル・ヒストリーは、ここまでの厳格さと「YES」or「NO」を問いつめることはしない。話し手と聞き手との間に、いつの間にやら場と時間の共有感覚のごときものが立ち上がるのが普通だから。それを拒否する手ごわさがこの硬派のオーラル・ヒストリーにはある。その結果は、さて、読んでのお楽しみである。
私は警察庁、警視庁、各県警という戦後警察機構内での人と情報のあり方に目を見張らされた。しかもどうやら警察組織の体系は、必ずしも大事件にふさわしくない。果たしてそれは改善しうるものか否か。また、垣見さんの個人史も興味深い。ある時期に地方の必ずしも裕福ではない家庭で育ち、東大法学部在学中に司法試験に受かり、高級官僚になった人物の典型例をそこに見ることができる。自らのたどった道について、警察官人生に次いで弁護士人生を歩んだ元官僚に、挫折を含めて改めて話を聞いてみたい思いを深くする。
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かきみ・たかし 42年生まれ。65年警察庁に入り、福井県警本部長、警察庁刑事局長などを経て退職。99年弁護士登録。