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リーダー論 透徹した歴史観と責任感と

「絹本著色唐太宗花鳥図」(小田野直武筆)に描かれた唐の名君・太宗。飢餓をもたらしたイナゴの害を自ら負うため、イナゴをのみ込んだ『貞観政要』の故事に基づく作品という

 いつの世であれ、リーダー論の需要は多い。ほとんど全ての仕事がチームでなされる以上、リーダーシップが必要不可欠になるからだ。ビジネス書のコーナーに行けば類書がうずたかく積まれているが、本当に役立つのはリアルな世界を生き抜いた歴史上のリーダーたちの事績を紐解(ひもと)くことではないか。

 まずは『貞観政要(じょうがんせいよう)』。中国4千年の歴史の中で、平和で安定した盛世はわずかに4度。そのうちの一つ「貞観の治」を現出させた唐の太宗(たいそう)・李世民と臣下の問答をまとめた書だ。ここに描かれているのは、ひたすら臣下の厳しい進言に愚直に耳を傾ける君主の姿である。ごまをすることなく「王様は裸である」と直言する部下を持たないとリーダーは務まらない。古来帝王学の教科書と呼ばれた名著が抄訳されたのは嬉(うれ)しい。
 リーダーが持つべき「三つの鏡(銅、歴史、諫言〈かんげん〉者)」や「創業と守成(はどちらが難しいか)」など人口に膾炙(かいしゃ)したエピソードも豊富だ。なお、完訳は明治書院の新釈漢文大系に収められている。

暗君からも学ぶ

 貞観政要は優れた君主と優れた臣下の組み合わせだが、現実の世界は優れた君主(ボス)ばかりではない。その場合は、『宋名臣言行録』(朱熹〈しゅき〉編、梅原郁編訳、ちくま学芸文庫・1512円)がお薦めだ。ここに描かれた君主は明君、暗君さまざまでとても勉強になる。中国の人々は長い間、この2冊で組織運営の機微を学んできたのだ。
 次は『ムハンマド』。イスラム教の創始者ムハンマドは、世捨て人であったブッダやイエスとは異なり、商人であり市長であり将軍かつ普通の良き家庭人でもあった。だからイスラム教は分かりやすいのだ、という人がいる。本書からはヒルム(堪忍)をもって行動するイスラム世界の典型的なリーダーの在り方が読み取れる。著者はキリスト教・ローマ教会の元修道女で、その意味でも興味深い本だ。イスラム世界の興隆期には、ムハンマドに勝るとも劣らない個性豊かなリーダーが続出した。

民衆と心通わせ

 セルジューク朝の名宰相ニザーム・アルムルクが書いた『統治の書』(井谷鋼造・稲葉穣訳、岩波書店・1万1880円)を読むと、ムアーウィヤ(ウマイヤ朝)やマフムード(ガズナ朝)ら市民の声を素直に聴いた名君の肉声や大岡裁きのエピソードに魅せられる。優れたリーダーは民衆と心を通い合わせることができたのだ。
 最後は『夢遊病者たち1・2』。第1次世界大戦がなぜ始まったのか、第3次バルカン戦争(局地戦)にとどまったはずの争いがなぜ世界規模に拡大していったのかを丹念にルポした傑作だ。関係国のリーダーたちが夢遊病者のように右往左往する姿が克明に描かれる。総動員令を発すれば戦争になることが分かり切っているのに、部分動員は国内の軍事交通の混乱を招くという事情にずるずると引きずられていく指導者の姿には唖然(あぜん)とするしかない。
 こうした有事にこそリーダーの真価が問われるのだ。リーダーには透徹した歴史観と社会や人々に対する強い責任感が必要だ。本書を読むと、有象無象のリーダーが人々を未曽有の惨禍になすすべもなく導いていくプロセスに戦慄(せんりつ)を禁じ得ない。大企業の不祥事にも通じる。我々は、明君より暗君の事績から多くを学べるのかも知れない。
 4月になりチャレンジングなポストを得て希望に燃えている人も多いだろう。トランプさんを含めてそういった皆さんにこそ、歴史上の人物の事績を学んでほしい。上司が労働条件のほぼ全てであり、楽しく豊かな人生が送れるかどうかはリーダーにかかっているのだから=朝日新聞2017年4月2日掲載