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「復興ストレス」「理性の起源」「モラルの起源」書評 情動や共感こそ心の基盤

評者: 佐倉統 / 朝⽇新聞掲載:2017年05月07日
復興ストレス 失われゆく被災の言葉 著者:伊藤 浩志 出版社:彩流社 ジャンル:社会・時事・政治・行政

ISBN: 9784779123009
発売⽇: 2017/02/22
サイズ: 20cm/202p

復興ストレス 失われゆく被災の言葉 [著]伊藤浩志 / 理性の起源 賢すぎる、愚かすぎる、それが人間だ [著]網谷祐一 / モラルの起源 実験社会科学からの問い [著]亀田達也

 科学は人の心にどこまで迫れるか? さまざまな角度から、さまざまな方法を使って肉薄した3冊をまとめて御紹介する。
 自身の社会心理学的な研究を中心に、進化論や社会哲学を射程に入れつつ考察を進める亀田達也。よく似た枠組みながら、幅広く多数の文献を渉猟し、哲学的に人の理性について考える網谷祐一。そして、このような成果を踏まえて、福島の原発事故後の放射線リスクをめぐる混乱に新しい光を当てる伊藤浩志。いずれ劣らぬ好著である。
 3冊それぞれ手法や対象は異なるが、人の心の特徴として強調している点は共通している。情動が重要であること、他者への共感能力が備わっていること、格差や不公平を嫌うこと、などである。人間の心は、ぼくたちが社会生活を安心して穏やかに送れるようにできている。
 情動は、理性を曇らせる雑音ではない。むしろ、何が自分にとって重要なのかを判定するバロメーターで、情動がきちんと働いてこそ、理性的な判断が下せる。そして、情動を基盤とする共感が共同体の他のメンバーとの絆となり、格差を嫌う心性はそれを補強する。
 亀田と網谷は情動と共感の重要性を強調しつつ、一方で、これらだけでは狭い範囲の顔見知り集団の中でしか通用しないとも指摘する。「正義」が狭い共同体を超えて普遍的なものになるには、直観だけに任せていてはダメで、理性的な分析や判断が必要なのだ。
 この分野の研究成果を束ねて、放射線のリスク認知を読み解いたのが伊藤である。科学的には安全だとされる低線量でも被災者が健康被害の可能性を心配するのは当然で、むしろそのような情動的な反応こそ、人間の心理の働き方として適正なのだと彼は言う。
 伊藤が導入するもうひとつの重要な概念装置は「社会的な病」という見方である。亀田も網谷も注目しているように、人間は不公平に敏感である。社会的・経済的な格差が固定化して差別的な扱いを受ける状態が続くと、心理的なストレスだけでなく、身体的な不調も生じてくる。原発の立地選定も、事故後の国や東電の不誠実な対応も、このような不公平感を助長してきた。こういった構造的状況が被災者たちの放射線リスクへの鋭敏な反応になって表れたというのだ。そしてその状態は、事故から6年を経た今でも大きくは変わっていない。
 原発事故の後、ぼくたちは、共感をもって行動すべきところで冷たく理性的に対応し、理性的に臨むべきところでは感情で動いてしまったのかもしれない。理性と感情の使いわけ。人類に課せられた大きな課題である。
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 いとう・ひろし 61年生まれ。フリーの科学ライター。福島市在住 
 あみたに・ゆういち 72年生まれ。東京農業大学准教授。科学哲学
 かめだ・たつや 60年生まれ。東京大学大学院教授。心理学。