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バブル経済 狂乱を問い直す、新視点も

バブル期の東京証券取引所の様子(1989年)

 「ゆとりでしょ? そう言うあなたは バブルでしょ?」
 今年30回目を数えるサラリーマン川柳コンクール(第一生命保険)で、「バブル」という言葉が盛りこまれた川柳がファン投票で初めて1位に選ばれた。
 1980年代後半から90年代初め、株価と地価がすさまじい高騰をみせた。あの狂乱の渦中に社会に出た世代は、いつのころからかバブル世代と呼ばれるようになった。
 そのバブルが崩壊して、はや四半世紀。色あせていたキーワードが、なぜか最近メディアによく登場するようになった。

当事者たちの声

 ビジネス街の書店では「バブル本」と称される経済書がよく売れている。大手銀行や大手証券の元幹部、元日本銀行マン、ジャーナリストなど立場はちがえど、いずれも同時代を生きた当事者たちの肉声が満載だ。
 先駆けとなったのは『検証 バブル失政』。時事通信社の解説委員・軽部謙介は当時、大蔵省(現財務省)を取材する若手記者だった。正確に実態を報じきれなかった反省から、当局が何をして何をしなかったのかを改めて問い直そうと、当時の政策責任者らに端から当たり、日米の公文書を調べあげた。
 資産インフレ放置を批判されてきた日銀内で、危機感を抱く中堅職員が上層部に建白書を出そうとしていた試み。バブル崩壊後、大蔵省がなぜこの事態を招いてしまったかを総点検してまとめた省内限りの報告書――。軽部が掘り起こさねば歴史に埋もれていたかもしれない新事実も少なくない。同じ経済記者として嫉妬するほど見事なジャーナリズムの仕事である。
 『バブル』は元日経新聞記者の回顧録だ。ただしありきたりの回顧ではない。なにしろ永野健二はバブル絶頂期の証券記者たちのなかでバブルのキーマンたちに最も肉薄した名物記者なのだ。買い占め屋、仕手グループの総帥、大手証券の実力会長――。接触が難しい取材相手にじか当たりした秘蔵メモから取りだした言葉やエピソードで、欲望をたぎらせバブルに翻弄(ほんろう)された人々の心情を活写している。
 三光汽船のジャパンライン買収事件、山一証券の転換社債をめぐる事件など今や忘れ去られたバブル前夜の経済事件が実はバブル崩壊と金融危機の伏線になっていた、という解釈はおもしろい。まったく新しい視点のバブル史論に仕上がっている。
 「バブル」という言葉は意外にも渦中ではあまり知られていなかった。バブル市場を扱った初の小説とされる久間十義著『マネーゲーム』(河出書房新社・88年刊・品切れ)にもバブルという言葉は登場しない。自ら投機の熱狂のなかに身をおいていることを自覚するための「記号」が広く知られるのはその後のことだ。

投機熱のあとに

 90年になり、流行語大賞・銀賞に「バブル経済」が入る。
 この年、米国で出版されて話題になり、翌年、邦訳がでた『バブルの物語』で、著者のガルブレイスは日本人向けにこんな序文を書いた。
 「(東京の地価高騰のような)不労所得がこれほど目ざましく生じたことは、世界史上これまで全くなかった」「予測は慎むべきであるが、警告は与えなくてはならない」
 ほどなく日本の不動産バブルがはじけ、地価は大暴落する。
 ガルブレイスは予言者だったわけではない。1929年の大恐慌も体験しているこの大経済学者は、市場で投機熱が異常に高まったあとに至る、当然の帰結を身をもって知っていた。その摂理を語っただけなのだ。
 そう考えると、昨今のバブル本ラッシュも、亡きガルブレイスに代わって発せられた「目の前のバブル」に対する警鐘に思えなくもない=朝日新聞2017年7月16日掲載