日本語版の表紙は上巻が赤、下巻が青。大統領選の中継でよく見た、共和党の赤と民主党の青に分断されるアメリカを思い起こさせる。実際、温暖化が進み、化石燃料を禁止にしたい北部と反対する南部の州が対立し、2074年に第2次南北戦争が起こるという小説だ。アメリカの未来への予言とも警告とも受け止められた。
「一切意図してませんでした。厳しい未来の話だとされますが、人によっては現実です。リビアやイエメン、アフガニスタン、イラクでは未来ではなく現在です」
主人公は南部の貧しい家庭で生まれた女性サラット。南部の武装集団のテロで家族を失い、逃れた難民キャンプも北部の民兵の襲撃を受け、怒りを募らせていく。空から脅かす軍事用無人機も、不衛生で未来の見えないキャンプの暮らしも、暴力の連鎖も、すべて今この世界で起きていることだ。
「自分の経歴というか、これまで目にしてきたことが、こうした本を書かせたのだと思います」
カイロ生まれ。豊かさを求めて一家でカタールに移ったが、市民権を取ることが難しくカナダに渡る。新聞記者として10年間働き、アフガニスタン戦争やグアンタナモ収容所を取材した。今は妻が就職したアメリカで暮らす。この小説がデビュー作で、取材で見聞きしたことも盛り込んだ。
「ただ、書きたかったのは、暴力や拷問ではなく、人間らしさでした。出来事それ自体ではなく、そのことに責任がある人たちの心を、自爆テロではなく、なぜテロリストになるかを。感情の模索は、ノンフィクションより小説の方がやりやすいですから」
現在行われている過激派への対策は、むしろ被害を増やしているように見えるという。有効な解決法は分からないが、第一歩は、相手を理解しようと努めることだろうとも。この小説はその助けになると思えた。「そうなればうれしいですが、期待はしていません。もし文芸作品から人類が学べたら、社会はもっとましになっていました」。冷徹なジャーナリストの目をしていた。
(文・星賀亨弘 写真・村上健)=朝日新聞2017年10月22日掲載
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