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家庭の食卓はいま 共に食べたい、かなわぬ現実

正月の食文化を受け継いで欲しいと、紀文食品は5日、母娘対象の料理教室を開いた=東京都港区

 料理は今、負担が大きい家事の一つとされている。それは、忙しくてもできる限り市販の総菜に頼らず手作りしたい、と考える人が多いからではないか。
 「人生フルーツ」は今年、全国で21万人を動員したドキュメンタリー映画。ニュータウンの自宅で野菜を作って料理する、90歳の夫と87歳の妻の日常を描く。本作が大ヒットしたのは、互いを尊重し合う主人公、つばた夫妻の関係と、今人気の「ていねいな暮らし」を実践する姿に、憧れと共感を抱いた人が多かったからではないかと思う。
 『ききがたり ときをためる暮らし』は、そんな2人のこれまでと人生観が詰まった1冊だ。家計が苦しい時期も食事だけは良質な材料を使った。多忙な娘夫婦を気づかい、孫のためにと、20年以上も総菜を送る。
 主婦歴60年以上になるつばた英子の「味の記憶は確実に残る」「やっぱり女の人は、暮らしに見識をもたないとダメ」という言葉は力強い。しかし、夫妻の暮らしに憧れる人の多さは、手作りの料理を食卓に並べ家族で一緒に食べることが難しい現実を示していると言える。

忙しさに追われ

 『平成の家族と食』は、味の素株式会社が1978年から数年おきに実施する食生活調査を、社会学者らが分析した本。
 20代~40代で毎日のように家族で食卓を囲むという人、料理することが楽しいという人ほど、夕食中の会話が多い。しかし、同書はまた「子どものいる核家族では、全員がそろって共食する家族が1988年から2012年にかけて、ほぼ半減」、そして「最も食卓に家族がそろわないのは片働きで夫の収入が高い世帯」と指摘する。
 背景には、長時間労働の慣行や非正規雇用といった、近年急速に関心が高まる産業構造の問題が、横たわっている。
 2000年代は、市販の総菜や加工食品を利用する人も増加している。経済的で種類が豊富な食材をとれる、調理時間を節約できるなど、効率性が評価されるのは、忙しいからである。
 あるべき食卓像を唱えることはたやすいが、現代の働き方はその実現を困難にする。ささやかな喜びを奪う現実に、個人はどう対応したらよいだろうか。

すしをヒントに

 希望は、「20代~30代の世代では、40代以上と比べて献立の考案や買い物、食器・料理の配膳、夕食作りに関わる夫が増えている」ことに見える。夫婦で共に家庭を営もうとする若い世代の生き方が、職場や社会を変える力になる、と期待したい。
 『伝え継ぐ 日本の家庭料理 すし』は、今後刊行する全16冊シリーズの1冊目。1960~70年に定着していた家庭料理について、全国で聞き書きした調査を元に紹介している。
 白米のご飯を食べる日常が当たり前になった戦後のこの時期に祭りや祝いごとの折に作られていた全国各地のすし。魚介類や野菜を使う共通点はあるものの、見た目、大きさはさまざまだ。そんなすしの写真とエピソード、レシピが各ページで紹介される。中には、何百年の歴史を持つすしもある。贅沢(ぜいたく)な食材を使うものは少ないが、作るのに手間がかかるものが多い。
 郷土料理のすしの多くは、既婚女性も働くことが当たり前で、台所の電化もされていなかった戦前までに生まれている。ふだんできない手間をかけることも、ごちそうの条件だった。
 ここに現代の暮らしへのヒントがある。年に何度か、家族で一緒に料理を作り食べるひとときを持っては、いかがだろうか。作業しながらなら、面と向かい合うと出てこない気持ちを話し、料理の技術を伝えられるかもしれない。間もなくお正月。日常が多忙だからこそ、共に食卓を囲む機会が、喜びと感じられるのではないだろうか=朝日新聞2017年12月17日掲載