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「こわいもの知らずの病理学講義」 医学のロジックはシンプル

こわいもの知らずの病理学講義 [著]仲野徹

 平安時代の『医心方』以後、医学書は数多(あまた)あれど、病理学の本が発売早々増刷を繰り返すなんてことがあっただろうか。
 病理学とは「病気がどうしてできてくるのかについての学問」。著者は病理学者で、「病気になるということは細胞が傷むということ」という視点から、細胞でどんなことが起きると病気になるのかを解説した。
 阪大医学部の講義が下敷きだが、「近所のおっちゃん・おばちゃん」に読ませるつもりで書いたというだけあって、最低限の専門用語と基本原理を頭に叩(たた)き込めば読み進められる。殺し文句は「医学におけるロジックはきわめてシンプルです」。
 重要なのは酸素だ。酸素がないとエネルギーを作れず、細胞を正常に保つポンプが動かなくなってタンパクが作れない。細胞はウイルス感染や老化、放射線などさまざまな原因で傷つくが、いずれも最後は酸素が行き届かなくなって死に至る。動脈硬化も同様で、低酸素状態に弱い脳と心筋が梗塞(こうそく)に陥る。
 生命科学の進歩により、がんの分子レベルでの理解も進んだ。がんは一個の細胞の遺伝子に起きた突然変異から始まる。増殖は速く、周囲の組織に浸潤して破壊する。酸素が欠乏しても血管を作れるから厄介だ。話題のニボルマブなど、分子標的薬と従来の免疫療法の違いもわかりやすく説明されている。
 「アホ」な質問をする学生の話など余談も多いが、それも専門的な内容を理解するための補助線。読むうちに、病気を食い止めたり、病気に適応したりしながら懸命に生きる細胞が愛(いと)おしくなってくるから不思議だ。
 どうせ死ぬなら、病を知り、最善の治療を探しつつ自分の生き方を最優先して、運を天に任せよう——著者のそんな人生観も共感を呼ぶのだろう。賢くなった気がするとか、お医者さんにこんなことを聞いてみようと思ってもらえたら何よりとあるが、それ以上に医学部志望者が増えるのでは。かく言う私もその一人だが、遅きに失したか。
 最相葉月(ノンフィクションライター)
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 晶文社・1998円=12刷5万部 17年9月刊行。著者は大阪大教授。「ネットの医療情報の信頼性が話題になる昨今、専門家による確かな情報が求められていると実感した」と担当者。=朝日新聞2018年1月7日掲載