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池澤春菜が薦める文庫この新刊!

  1. 『スチーム・ガール』 エリザベス・ベア著 赤尾秀子訳 創元SF文庫 1296円
  2. 『アンチクリストの誕生』 レオ・ペルッツ著 垂野創一郎訳 ちくま文庫 972円
  3. 『未必のマクベス』 早瀬耕著 ハヤカワ文庫 1080円

 物語に浸る喜びを味わえる、とびきり不思議な三本。
 (1)娼館(しょうかん)で縫い子(娼婦)として働くカレンはある日、館に逃げ込んできた少女に恋をする。愛する彼女を守るため、カレンは蒸気駆動の甲冑(かっちゅう)型ミシンを纏(まと)い立ち上がる。飛行船が飛び回るエネルギッシュな時代、彼女を取り巻く人々の毅然(きぜん)とした生き方、何よりきらきらした恋心が美しい。
 (2)は精緻(せいち)な美術工芸品、ファベルジェの卵を覗(のぞ)きこむよう。幸せな結婚をした夫婦の生活が徐々に歪(ゆが)んでいく表題作。男の人生に永遠に焼き付けられた終わらない1日。遠く離れた人物を手も触れずに殺すには。読み手の予想を超えていく8編の幻惑譚(たん)に、ページを繰る手が止まらない。
 ページターナーといえば(3)も素晴らしい。22年ぶりの新作は、静謐(せいひつ)で美しい文章に綴(つづ)られた極上のエンターテインメントだ。マクベスに導かれ結末のわかっている物語に取り込まれた男たちの静かな戦い、それを見守る女たちの強さと優しさ。あなたはきっとこの物語に打ちのめされる。=朝日新聞2017年11月05日