レタスには醬油(しょうゆ)があう。
レタス一個を丸ごとちぎって大皿に盛り、そこに醬油とゴマ油(竹本油脂の太白胡麻〈ごま〉油がいい)をかける。酢は入れない。手を洗って、指でゴワゴワゴワッと四、五回かきまわす。すると禅を七年修行したギリシャ貴婦人みたいにシャキッとした色気がたちあがる。
レタスが洋行帰りのような顔をしているのに対し、キャベツは昔ながらの日本の娘といった気品があっていとおしい。キャベツの千切りにソースをかけて食べるのは日本人独特の発明で、トンカツ屋がおまけで出してくれるのが嬉(うれ)しく、千切りキャベツを三回ぐらいおかわり。私はおかかと醬油をまぶして食べる。さらにマヨネーズをかけてぐじゃぐじゃにかきまわす。つまり下品にする。下品になったキャベツは悪いことを覚えてしまった良家の令嬢のように、なりふりかまわずジダラクになる。下品の品格が出る。
レタスをいかにしてぐれさすかが、長いあいだの課題だった。ひと昔前に、牛肉いためをレタスにはさむ料理があったが、レタスは上品さを失わず、ぐれることはなかった。
中華まんじゅうや包子(パオズ)をふかすときに、下にレタスを敷く。こうすると、まんじゅうや包子が蒸し器の底にくっつかない。気取っているレタスの根性を叩(たた)きなおす手だてとしてはいい方法だが、これだとレタスそのものは食べられない。お嬢様が崩れすぎてしまう。こちらとしては、崩れすぎる寸前の、わずかにお嬢様の余韻を残しているところを食べたい。
焼きそばにキャベツではなく、レタスを使うと、下品な舌ざわりになった。ラーメンにレタス三枚ぐらいを入れると、これまたよろしい。
中国四川省に重慶火鍋という鍋料理がある。すっぽん、海老(えび)、鰻(うなぎ)、蟹(かに)、牛肉、羊肉、野菜など、ありとあらゆる具材を入れてやたらと唐辛子をぶちこむ。中国人の友人とわいわい騒ぎながらつつくのだが、北京在住の友人がレタス三個を持ちこんだ。鍋の最後はレタスをちぎってしゃぶしゃぶとした。すっぽんや魚肉、野菜の旨(うま)みたっぷりのスープにレタスがしみこんでしぶといのなんの。
日本へ帰ってから、土鍋に昆布だしをはり、市販のすっぽんスープ、鶏がらスープを入れ、鴨肉(かもにく)、牛肉、銀ダラ、鶏手羽、タコ、イカ、長ねぎ、きのこ、唐辛子などを加え、客人に「食え、食え」とすすめ、最後にレタスのしゃぶしゃぶにしたらうまかったね。日中友好レタスのしゃぶしゃぶは、下品にして官能極まる味でした。=朝日新聞2018年02月03日掲載
編集部一押し!
-
売れてる本 凪良ゆう、瀬尾まいこ、坂木司、一穂ミチ、三浦しをん著「本屋さんのある街で」 人生が交差する町の止まり木 山下
-
-
わたしの大切な本 お笑いコンビ「ラランド」ニシダさんの大切な本 他者を理解する 最高のエンタメ
-
-
とりあえず、茶を。 眠い季節 千早茜 千早茜
-
インタビュー 美村里江さんが言葉を紡いだ絵本「お花のこどもたち366」 十人十色のおしゃべりに耳を澄ませて 加治佐志津
-
中江有里の「開け!本の扉。ときどき野球も」 自分の言葉は人を貶めるより自分を鼓舞するほうがいい 「さみしい夜にはペンを持て」のタコジローの変化に思う 中江有里 中江有里
-
一穂ミチの日々漫画 増村十七「進め!白鼻進」 漫画家の戦争協力、他人事ではない危うさ(第15回) 一穂ミチ
-
トピック 【PR 光文社・創英社・みすず書房・ミネルヴァ書房】プレゼント 朝日新聞1面広告の本、好書好日メルマガ読者計20名様に
-
コラム 「海をわたる言葉 翻訳家ふたりの往復書簡」中江有里さん書評 出逢いの不思議が生んだもう一つの〝家族〟 PR by 集英社
-
トピック 【プレゼント】柄谷行人さん最新作「私の謎 柄谷行人回想録」好書好日メルマガ読者10名様に PR by 講談社
-
インタビュー 平石さなぎさん「ギアをあげて、風を鳴らして」インタビュー 描いてわかった「シスターフッド小説」の魅力 PR by 集英社
-
インタビュー 江國香織さん「外の世界の話を聞かせて」インタビュー 頭の風通し良く、気持ちさっぱり自由になって PR by 集英社
-
インタビュー 【サイン入り本プレゼント】一木けいさん「嵐の中で踊れ」インタビュー 避難所で起きた再生の群像劇 PR by NHK出版