魚のタイは天然と養殖では味がまったく似て非なるものである。姿形も天然のほうが優美である。ところがスッポンは天然ものは虫が体内にいて食べないほうがいいといわれている。だからスッポンは養殖に限る。むしろ良質な餌を与えられた養殖のスッポンのほうが天然より滋味である。
スッポンの部位のなかでいちばん美味(うま)いところは腿(もも)である。たいがい部位で美味いのはよく動くところなのだ。スッポン1匹に腿は左右についている。スッポンは1人で1匹食べるには多すぎるので2人で食べることをお勧めする。
料理方法だが、たいていのスッポン専門店では腿は唐揚(からあ)げにしてしまう。それよりも塩焼きにしたほうが数段上等に味わえる。このことを教えてくれたのは浅草にあった「田佐く」といういまはない和食店だ。そこによく通っていた食の極道が店主に教え、その店の定番になっていた。もう7、8年前の話である。そこにわたしはよく通ったのだ。
スッポンの腿はコラーゲンが多く含まれて脂こい。それを焼くとあっという間に黒焦げになってしまうので、じっくり時間をかける。まあ大きさにもよるが最低30、40分とろ火で焼かなければいけない。だからたいがいの店では面倒くさいので断られる。
大きさは子供の握りこぶしくらいはあるだろう。焼き上がったスッポンの腿の塩焼きをフウフウいいながら手で持ってほおばる瞬間、スッポン独特の香りが顔中に漂ってくる。身も皮も絶品である。2、3本の可愛い骨が残るだけだ。
といってもスッポンの腿だけの注文は出来ないので、通常スッポン1匹を2人で食べるのがいい。残ったすべてのスッポンの部位(心臓、レバーも)は、鍋にすると美味い。最後の雑炊がこれまた美味い。スッポンは養殖なので一年中食べられるのがまたいいではないか。
スッポンはヒグマの肉と一緒で、滋養強精剤である。だから翌朝、鏡を見ると顔全体がテカテカと光っている。
どこでスッポンの腿の塩焼きを食べられるんだという、あなたのためにわたしがしょっちゅう食べている和食の店を紹介しよう。その店は明治通りの渋谷橋近くの広尾1丁目にある「Ryori 雄」という貴重な店である。看板がないが一面真っ黒な店である。
珍しいスッポンの腿の塩焼きを喜んでやってくれる奇特な料理人は佐藤雄一という。これはわたしが佐藤料理人に一子相伝で教えた絶品である。気になる値段だがなんと2人で2万6千円(税抜き)である。あまりの美味さに2人でほっぺたを落としてこないようにしてくだされまじくや。=朝日新聞2017年12月09日掲載
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