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「〈創造〉の秘密―シェイクスピアとカフカとコンラッドの場合」書評 感性を総動員して肉体で体験を

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2018年05月19日
〈創造〉の秘密 シェイクスピアとカフカとコンラッドの場合 著者:野上 勝彦 出版社:彩流社 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784779124556
発売⽇: 2018/04/02
サイズ: 19cm/254p

〈創造〉の秘密―シェイクスピアとカフカとコンラッドの場合 [著]野上勝彦

 「創造」とは、何か。辞書によると「新たに造ること、神が宇宙を造ること」ともうひとつ要領を得ない。創造性の本態については哲学者の命題でもあり、明快な結論は導き出されておらず、創造性は知性とは別個の感覚であるらしいと著者。創造的に仕事をしたアインシュタインやエジソンは劣等生であったにもかかわらず、独創性に富んだ創造的な能力を発揮したということでも納得できる。
 創造に関わる仕事をしている僕の原点は、創造とは対極の模倣である。絵とは創造するものではなく他者の絵を模写することが創造(?)の歓(よろこ)びであると考えていた。模写の対象の作者の心と一体化することで、「私」を超える快感に溺れた。創造は自己主張ではなく、他者になり切ることが前提だった。子供だったから三昧境(さんまいきょう)に遊ぶことが嬉(うれ)しかったのだろう。
 ショーペンハウアーの「我を忘れる状態」になるためには、気分を優先することで、一種興奮状態が作れた。そしてプラトンの言う「霊感」を感受、さらにカントによる「精霊」によってアニミズムを身近に知覚する。従ってアリストテレスの「理性的で目的をもつ」必要もなくなる。
 以上の状態を無意識で感得した子供時代はその後、画家になってからの創造にかなり大きい影響を与えた。本書ではニーチェの言うアポロン的なものとディオニソス的なものとの共同作用が指摘されているが、僕はモーリス・ベジャール演出によるイタリア・スカラ座のバレエ「ディオニソス」の舞台美術を担当して舞踊と音楽と美術のコラボを体感した。そして、人間のあり方について学んだ。
 本書ではシェークスピアとコンラッドとカフカの具体的な作品を取り上げている。感性に訴えかける彼らの作品を論じながら、創造と独創を単に概念や知能で理解するのではなく、感性を総動員させながら肉体的な読書体験をするよう勧めているように思う。
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 のがみ・かつひこ 46年生まれ。千葉工業大工学部英語科教授などを歴任。専門は、シェークスピア学。