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「三池炭鉱宮原社宅の少年」書評 のどかな暮らしの先に深い意味

評者: 斎藤美奈子 / 朝⽇新聞掲載:2016年08月21日
三池炭鉱宮原社宅の少年 著者:農中 茂徳 出版社:石風社 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784883442652
発売⽇: 2016/06/01
サイズ: 20cm/249p

三池炭鉱宮原社宅の少年 [著]農中茂徳

 福岡県大牟田市宮原町二丁目。三井三池炭鉱で働く人々が住む「宮原社宅」があった場所である。
 高さ2メートルほどのブロック塀に囲まれた社宅に住むのは200世帯ほど。塀の外を社宅の人々は「外(がい)」と呼んだ。長屋式の社宅が並ぶ一角には共同風呂があり、隣の講堂では映画が上映された。
 著者は敗戦の翌年、この宮原社宅で生まれ、高校を出るまでここで育った。ベビーブームの走りの時代で、小学校の児童数は2千人を超えていた。
 そんな社宅での子どもの暮らしを本書は克明に描き出す。生活排水が流れ込む川でフナやザリガニをとり、台車を暴走させ、馬跳びや馬乗りやコマやパチ(メンコ)やラムネン(ビー)玉に熱狂し……。が、のどかな自分史に見えた本書に、じつは深い意味が込められていたことを、私たちは終盤近くで知るのである。
 東京の大学に進学後、知り合った女学生は、自分も福岡県大牟田市宮原町二丁目の出身だといった。ただし、彼女が住んでいたのは生け垣に囲まれたお屋敷のような「職員住宅」。
 同じ住所に住んでいたのに互いを知らない。〈職員住宅の人たちからすれば、私たちの方が「外」と呼ばれる存在だったのだ〉〈私たちは分断され閉鎖された状況を、当たり前のように受け入れながら育ってきていたのだ〉
 三池炭鉱はかつて囚人労働や強制労働が行われた炭鉱でもあり、また三池闘争(1960年)の舞台としても知られている。
 闘争の最中、昇進を打診された父に農中少年はいった。〈お父(と)さんが係り員になって、給料が上がることは嬉(うれ)しか。ばってんそれは、三池労組を出るということやろう〉〈それは、いやばい。考えられん〉
 三池炭鉱宮原坑跡は昨年、ユネスコ世界文化遺産のひとつに登録された。そのすぐ側(そば)にあった暮らしがいまはない。クラッとするような感覚に襲われる。
    ◇
 のうなか・しげのり 46年生まれ。福岡県内のろう学校、養護学校教諭を経て、現在は同県立大学非常勤講師。