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三浦太郎さんの絵本「くっついた」 新米パパのとまどいと発見から生まれた

文:澤田聡子、写真:有村蓮

――「おさるさんとおさるさんが……」ページをめくると「くっついた」。きんぎょさんに、ぞうさん、あひるさん。いろいろな動物たちがページをめくるたびにくっついてゆき、最後はパパ、ママ、赤ちゃんが仲良くほおを寄せ合って、にっこり微笑む――。シンプルでかわいらしい絵と言葉の繰り返しが楽しい絵本『くっついた』は、赤ちゃんが初めて出会う「ファーストブック」として人気を呼び、刊行された2005年からの累計発行部数は98万3000部。「赤ちゃん絵本」を代表するロングセラーへと成長した。

 『くっついた』を出したのが、ちょうど娘が1歳のとき。出版から13年たって、おかげさまで「赤ちゃん絵本の定番」なんて言われたりしますけど、絵本の世界って何十年と読み継がれているロングセラーがたくさんありますから。10年ちょっとじゃ、まだまだです(笑)。

 『くっついた』は日本での絵本デビュー作なので、思い入れがありますね。もともと大阪芸術大学で版画を専攻していて、卒業後はデザイン事務所に所属しながら、広告や雑誌のイラストを描いていました。10年くらい忙しく働いていたんですが、もっと自分自身を表現したくなりまして。イタリアのボローニャ国際絵本原画展にイラストを出品したのが、絵本作家になったきっかけです。何度か入選するうち、スイスの出版社から「絵本を出さないか」と声をかけられました。

 初めて作った絵本、『JE SUIS…』は、イラストもアートっぽくて『くっついた』とは違うテイストです。日本でも絵本を出すことになったとき、「このままでは日本の子どもたちには響かないだろうな」と思って、どんな絵本がいいのか試行錯誤を重ねていました。

 娘が生まれたのはちょうどそんな時期。うちの娘は特に愛想がないというか、なかなか笑わない子で。初めての子育てでこちらも赤ちゃんとどう接していいか分からない。あるとき、ほっぺたをぎゅうっとくっつけてみたら、初めて笑ってくれたんです。それがヒントとなって、いろいろな動物たちが「くっつく」ことが絵本のテーマになりました。

 シリーズ2作目の『なーらんだ』は、当時2歳だった娘と一緒にお風呂に入っているとき、おもちゃをずらっと並べているのを見て「あ、面白いな」とひらめいた。3作目の『わたしの』は、3歳になった娘が自分のお茶碗や食器を「わたしの!」と主張するようになったことから。子育てする中で、娘の行動や成長を見て感じた驚きを、そのまま素直に描いてきました。

『くっついた』(こぐま社)より

――『くっついた』は意外にも、最後のページにある「作者のことば」に対する反響も大きかった。「あとがきに共感しました」という感想が、三浦さんのもとにたくさん届いた。

その日は突然やってきました。我が家に赤ちゃんがやってきたのです。もちろん、赤ちゃんとの生活というものを漠然と想像したことはありました。しかし、その日以来、赤ちゃんとは24時間生活を共にすることになるわけで、泣きたい時に泣き、寝たい時に寝る、そんな赤ちゃん中心の生活になり、自分の想像とはかけはなれた現実がそこにはありました。『くっついた』奥付の「作者のことば」より

 やっぱり子育てって大変なことがいろいろありますよね。娘の寝かしつけは主に僕が担当していましたが、イライラして「早く寝てくれよー」なんて思いながら読み聞かせすると、それが伝わって全然寝てくれない(笑)。

 同じ絵本を何度も読んでいると、こちらも飽きてくるので、お話を途中でどんどん脱線させて。絵本を揺らしたり、盛り上がるところで顔にかぶせたり、いろいろ工夫しました。そうしたら「パパと寝る!」って娘から「ご指名」されるまでになりましたよ。

 娘とのエピソードを話すと「イクメンですね!」なんて言われることもありますが、自分ではそんなつもりはまるでないんです。『くっついた』から始まる赤ちゃん絵本のシリーズには、お父さんが毎回登場しますが、「昔ながらの絵本って、お母さんと子どもが中心で、お父さんがあんまり出てこないんですよ」って聞いて、「そうなの!?」って驚いたくらい。僕自身が父親だから、絵本の中でも自然にお父さんを出しているだけなんだけどなあ。

中学生になった娘さんとは今も仲良し。「彼女はYouTube、僕はギターで伊勢正三。お互いの好きな音楽を聴き合っています」

――グラフィカルだが同時に温かみが感じられるイラストも、三浦さんの絵本の魅力の一つとなっている。

 僕の絵本のイラストは、単純な図形の「構成」でできているんです。『くっついた』のときも、最初は丸と丸がくっついたり、離れたりしているものをスケッチしていました。丸、三角、四角がくっついたり離れたりするスケッチは『くっついた』、図形が並んでいるのは『なーらんだ』、大中小の図形は『わたしの』。1冊のスケッチ帳に、それぞれの絵本のアイデアの源が詰まっています。

 絵っていろいろ描き加えることは簡単なんですが、「削ぎ落とす」ことは難しい。『くっついた』のときも、あひるが浮かぶ池に水紋をクレヨンで描いたりしていましたが、最終的に取っちゃいました。シンプルな中にかわいらしさがあるディック・ブルーナさんのような絵が好きですね。

「制作方法は半分アナログ、半分デジタル」と三浦さん。ペンで描いた下絵をカッターで切り取り、紙に貼ったものを、パソコンに取り込んで彩色してゆく。「実は絵本のデザインやレイアウトも全部自分でやっているんで、デザイナーいらずなんですよ(笑)」

――最近では絵本だけにとどまらず、ワークショップや個展などにも活動を拡げている三浦さん。そのテーマはやはり「子ども」だ。

 「紙の街をつくろう!」というワークショップを時々開催しています。子どもたちと一緒に、色画用紙を切ってビルや家、乗り物、植物などを自由に作っていくんです。切り絵を立てると、真っ平らだった街がどんどん鮮やかな「自分たちの街」になっていく――。ローマの子どもと日本の子どもが作る「PAPER CITY」は全く違うのが面白い。制作過程の動画を撮って、みんなで鑑賞するんですけど、「上映会」はすごく盛り上がりますよ。

 「こどもアイデンティティー」という展覧会も2年前から始めました。「僕が娘の肖像画を描くとしたら、どういうものになるのかな」と考えたのがきっかけ。やっぱり、画家は娘の肖像を描くじゃないですか、「麗子像」とか(笑)。ステンシル(切り抜いた型紙の上から絵の具などを塗り込む版画の技法)で作ってみたら、とても僕らしいものになった。そこから、色々な国の子どもたちの肖像をステンシルで表現することを思いつきました。

 絵本では表現しきれないものは、こうしたアートになっていますけど、軸が「子ども」というのは変わらない。絵本作家としての活動と同時に、「子どもとアートをつなぐ活動」をこれからも続けていきたいです。