――「ばふっ」「ぶりぶりぶ〜!」絵本を読むたびに、子どもたちの大きな笑い声が教室に響き渡る。園児たちに読み聞かせをするのは、『えがないえほん』の翻訳を担当した大友剛さんだ。「絵がない」「文字だけ」という絵本にもかかわらず、本国アメリカでは70万部突破と異例のベストセラーに。世界24カ国で翻訳され、日本では昨年11月に出版された。TVの情報番組で「子どもが大笑いする絵本」として紹介されてから人気に火がつき、発売5カ月で18万6500部のヒット作となった。
早川書房さんから初めて、原書を見せてもらったときは驚きました。「絵本」なのに絵がない。ページをめくるとおバカな言葉やオノマトペのオンパレード。ストーリーもないし、完全にナンセンスなお笑いですよね。装丁も中のデザインも文字だけだからシンプルで、子ども向けに見えない。「アメリカでは売れたけど、果たして日本で人気が出るだろうか……」と正直、不安に思いました(笑)。
物語はないんですけど、「お笑いの台本」のような流れはあるんですよ。大きな赤い文字の「ばふっ」のあと、小さく「えっ、なに? いみが わからない」とある。大きな文字が「ボケ」で小さな文字が「ツッコミ」。原作者のB・J・ノヴァクさんは、アメリカでは有名な俳優で、スタンダップ・コメディアンでもある。最初の「ばふっ」で心をつかんで、だんだん盛り上がってゆき、子どもたちの笑いのボルテージが最高潮に達する流れが、「さすがコメディアン!」という感じで計算し尽くされていると感じます。
そして、読むときのルールは一つだけ。「かかれている ことばは ぜんぶ こえに だして よむこと」。普段、絶対に言わないようなおバカな言葉を連発する大人たちを見て、子どもたちは大笑いするわけです。
――絵本の翻訳者のほか、ミュージシャン、マジシャンとしても活躍している大友さん。2005年から全国の保育園や幼稚園、小学校などで音楽とマジック、絵本の読み聞かせを組み合わせたパフォーマンスを行なってきた。
翻訳が完成するまでの2カ月間、北海道から九州まで全国を回る「親子コンサート」で絵本のプロトタイプをスクリーンに映して朗読してみたんです。子どもたちの反応を見ながら「これはウケないな」とか「このフレーズは読み手が噛んじゃうな」とか、少しずつ修正しながら今の形に近づけていきました。出版前に約2000人の親子に体験してもらっているわけですから、「笑えることは実証済み」だったと言えるかもしれません。
翻訳って「答えがない」ところが難しいところであり、面白いところでもある。特にクライマックスのオノマトペ。英語の擬音をどんな日本語に置き換えればいいのか、頭を悩ませました。「ばぶりんこ」とか「ばびろんばびろん」とか、口にして楽しい破裂音が多いですね。そうそう、この中の「ちゃばら ちゃばら ぽ〜!」という言葉は9歳の息子と一緒に昔、考えたものなんです。息子が3〜4歳のころ、お願いごとをするときは「ちゃばら ちゃばら ぽ〜」を3回言うっていうルールを作ったんですよね。今でも彼、お願いごとするときは使ってますよ(笑)。
「しかも ぼくの あたまの なかみは なっとうのみそしる」というフレーズの翻訳も難しかったなあ。すごく子どもたちが笑う部分なんですけど、ここは原語では「ブルーベリー・ピッツァ」なんですよ。ちょっと気持ち悪いようなミスマッチな組み合わせの食べ物……というイメージなんですが、一度そのまま「ブルーベリー・ピッツァ」で読んでみたら、みんなきょとんとしていて(笑)。日本の食べ物に置き換えると何だろうと色々考えて「なっとうのみそしる」に落ち着きました。南米では「グアバ・ピッツァ」と訳されているそうで、それぞれの国の翻訳者が、自分たちの文化に合わせて工夫しているのが楽しいですよね。
――ナンセンスな言葉の羅列だけと思われがちな『えがないえほん』だが、その核には、作者の子どもたちに対する温かなメッセージがこめられていると大友さんは言う。
絵本の真ん中あたりで「そして ぼくが このほんを よみきかせている こどもたちは じんるいのれきしのなかで いちばん すばらしいこどもである」というフレーズがあって。ここを読むと、子どもたちが思わず「イェーイ!」って歓声を上げることがよくあるんですよ。それまで、ずっと笑い転げているだけだったのに、この言葉を聞いて誇らしげに「イェイ!」ってね。「きみたちはそのままですばらしい子どもなんだ、自信を持っていいんだ」っていう、作者のメッセージが伝わっているんだと思います。
「ぶりぶりぶ〜!」「おしりブーブー」なんて言葉がたくさん出てくるので、「下品なので読ませたくない」という親御さんもいるでしょう。でも、絵本が心の栄養だとしたら、食べ物の栄養と同じように、いろんな種類があるほうがいいんじゃないかな。大人ってどうしても本に意味とか教訓とかを求めがちなんですけど、「親子で思いっきり、ただ笑い合える絵本」があったっていいと思うんです。
「ウケるように読むのはテクニックがいりそう」という声も聞きますが、そんなこともありません。普段「言っちゃいけないよ」って言われている言葉を、大人が戸惑いながら読むのが面白いので、照れながら読んでも、イヤイヤ読んでも、子どもたちは大いに笑ってくれる。園長先生や校長先生、牧師さんやお坊さんなど、普段は立派で近づきがたいような大人が読むほど、大笑いが巻き起こります。先生たちもウケると、とってもうれしそうですよ(笑)。
パフォーマーになる前は、北海道のフリースクールで4年間働いていましたが、そこで得たのは「大人が子どもの目線に合わせないと、真のコミュニケーションはできない」ということ。声に出して読むだけで大人が着ている鎧を自然に剥ぎ取って、子どもと対等な関係にしてくれる――そんなところがこの絵本の魅力かもしれません。親子で大笑いしながら、子どもとのコミュニケーションを考えるきっかけにしてもらえるとうれしいですね。