松本創「軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い」書評 企業人に変化促した遺族の行動
ISBN: 9784492223802
発売⽇: 2018/04/06
サイズ: 20cm/365p
「軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い」 [著]松本創
2005年4月25日、福知山線上り快速電車が脱線、線路沿いのマンションに激突し、死者107人、負傷者562人を出す大惨事となった。本書は、事故で妻と妹を失い、娘も重傷を負った、淺野弥三一氏のJR西日本との闘いを追うノンフィクション。
突然家族を奪われる理不尽。それは当事者にしかわからない壮絶な体験だ。
圧倒的な無力感と悲しみ。それだけではない。自社の組織防衛ばかりを優先し、まるで迷惑しているのはこっちだと言わんばかりのJR西日本の不誠実な対応への怒り。補償金もらうんだから文句言うななどといった匿名の第三者からのいわれのない誹謗中傷にまで耐えなければならない。
自暴自棄になり、一時は生きていてもしょうがないとさえ考えた淺野氏だが、やがて遺族の使命、社会的責務ということを口にするようになる。違和感のある言葉だ。なぜ被害者が責務を負わなければならないのか、責務は加害者が負うべきではないか。
時間が巻き戻せない以上、家族や友人の死を無駄にしたくないというほかに遺族は望むことができない。彼らの死を無駄にしないために行動すること、それを責務と言ったのだろうか。
淺野氏は、新社長に就任した山崎正夫氏が、想定問答を読むだけの旧経営陣とは違い自分の言葉で語る人間とみて声をかける。「責任追及はこの際、横に置く。一緒にやらないか」。このひとことが、加害企業と被害者が同じテーブルにつき事故原因について話し合う前例のない試みに?がっていく。
やがてJR西日本の対応にも変化が表れ、事故原因は現場の力量不足とする旧来の考え方から、さまざまな要因がからんだ組織事故だという認識に変わっていった。ヒューマンエラーが起こることは避けられない。それを組織やシステム、ハードによってカバーする仕組みが出来上がっていく。
大きな成果といえるが、遺族がそこまで踏み込まなければならないのかとの思いは残る。それを責務とするのは、遺族にとってあまりに荷が重いと感じた。
丁寧な取材で問題点を浮き彫りにする本書の筆致は圧巻だ。なかでも白眉は、JR西日本の「天皇」と呼ばれ、事故当時は相談役だった井手正敬氏へのインタビューだろう。あくまで運転士個人の責任と言い張る井手氏。傍から見ればその考え方にこそ事故の根っこがあると言いたくなる部分だが、本人がこの発言を本書に載せても構わないと言い切るところに、溝の深さが露わになる。自らの振る舞いを根源的に検証することの難しさ。今も日本社会を覆う理不尽な雲の正体を垣間見た気がした。
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まつもと・はじむ 1970年生まれ。ライター。元神戸新聞記者。政治・行政、都市や文化をテーマに取材し、人物ルポなどを執筆。著書に『誰が「橋下徹」をつくったか』『日本人のひたむきな生き方』。