矢野利裕「ジャニーズと日本」書評 戦後民主主義を体現した帝国
ISBN: 9784062884020
発売⽇: 2016/12/14
サイズ: 18cm/238p
ジャニーズと日本 [著]矢野利裕
深い関心がなくとも、テレビをつければ、報道番組やバラエティーにも登場するし、かつて妹がトシちゃんを好きだったり、同級生が光GENJIをカッコいいと言っていたり、研究室に嵐の大ファンがいるなど、日本でジャニーズと無関係で暮らすことは難しい。そして昨年末に解散したSMAPは、その経緯を含めて話題となり、改めて彼らが国民的なアイドルであることを思い起こさせた。
「事件」にあわせて刊行された複数の本が、ジャニーズ礼賛の公式本でもなく、裏事情を暴露するゴシップ本でもなく、『ジャニ研!』(原書房、2012年)のように批評を試みている。当事者に取材協力を得るのが難しいことから、すでに発表されたインタビュー、歌と踊り、ドラマ、ライブなどから分析せざるをえない制約は、むろんある。だが、それでも半世紀以上の歴史において膨大な作品や活動が存在し、十分に論を展開できる。
太田省一(しょういち)の『SMAPと平成ニッポン』(光文社新書)と中川右介(ゆうすけ)の『SMAPと平成』(朝日新書)は、いずれもSMAPの歩みが平成と重なることから、時代のシンボルとみなす。前者はアイドルが一過性の疑似恋愛の対象でなくなった節目が、団塊ジュニア世代のSMAPだと論じ、彼らの歌詞の内容を社会の状況と結びつけていく。後者は激しく変動した政治を振り返りながら、とくに彼らが出演したドラマの意味を検証するほか、震災後に天皇が大きな役割を果たしたように、被災地にメッセージを送ったSMAPが国民統合の象徴になったという。
一方で矢野利裕の『ジャニーズと日本』はさらに射程を伸ばし、戦後の文化史のなかでジャニーズを位置づける。興味深いのは、本場アメリカでエンターテインメント産業の仕事を手伝った経験を持つ、事務所の創設者ジャニー喜多川が、ミュージカルに憧れ、彼が指導していた少年野球団をアイドル事務所に変えたこと。そしてジャズと初代ジャニーズ、ソウルとフォーリーブス、ディスコと郷ひろみや少年隊、オールディーズと近藤真彦、渋谷系クラブカルチャーやヒップホップとSMAP以降など、音楽の影響を読み解く。正直、あまり歌が上手(うま)くないのでSMAPをちゃんと音楽として聴いていなかったが、分け隔てなく音楽と向き合う著者の姿勢に考えを改めさせられた。
本書を貫くのは、野球から音楽まで、日本におけるアメリカの先端的な文化の受容という背骨である。これまで自由な若者の個性を育み、戦後の民主主義を体現したジャニーズに著者はリスペクトを捧げながら、SMAP騒動に触れて、最後に問う。初心を忘れていないかと。
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やの・としひろ 83年、東京都生まれ。批評家、ライター、DJ。14年、町田康論が群像新人文学賞評論部門優秀作に。共著に『ジャニ研!』『村上春樹と二十一世紀』、単著に『SMAPは終わらない』など。