又吉直樹「東京百景」書評 ひそやかな場所の記憶めぐり
評者: 水無田気流
/ 朝⽇新聞掲載:2013年10月06日
東京百景
著者:又吉 直樹
出版社:ヨシモトブックス
ジャンル:エッセイ・自伝・ノンフィクション
ISBN: 9784847091797
発売⽇:
サイズ: 18cm/276p
東京百景 [著]又吉直樹
場所の記憶は、つねに更新されていく。スクラップ・アンド・ビルドな風景が広がる東京は、巨大な記憶の脱臭装置であり、私たちは集団的記憶喪失者として暮らす。だが、ときに重ねられる記憶の層を、静かに剥がす本に出会う。
筆者は芸人で、18歳で上京。本書を書き終えた時には32歳になっていた、という。だが芸能界の喧騒(けんそう)とは対照的に、その視線は淡々と、静謐(せいひつ)だ。所収された場所の記憶は、住んでいた三鷹、友人を訪ねた立川、挑戦するかのように歩く原宿、母を連れていけずじまいだった東京タワー……。多くの固有名詞に、個人的な意味をもたらす言葉が並ぶ。
場所を生かすものは、いつも人の記憶だ。稽古に通った場所、仕事で行った場所、変な人に絡まれた場所、そして恋人がいた場所。あるときは記憶が場所性を貫き時間をねじまげ、またあるときは時間を切断する言葉が並ぶ。頁(ページ)をめくるたびに記憶の擦れ落ちる音が聴こえるような、東京の記録書。
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ヨシモトブックス・1365円