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青熊書店(東京) リアル店舗で伝えたい。青と熊、そして大岡山の素晴らしさ

 以前、あるアイドルが青海駅(ゆりかもめ)近くのライブ会場に向かおうとして、間違って青梅駅(東京の遥か西)に行ってしまい、公演を欠席したことが話題になった。お台場イベントの参加者が、1文字違いののどかな山あいの駅に集結してしまうことは時々あるらしく、ネットの反応は「あるある」とおおむね同情的だったようだ。

 何回聞いても混乱してしまう。そんな駅名は私にもある。うちひとつは大倉山と大岡山だ。知人は「大倉山に家がある」と何度も教えてくれたのに、ずっと大岡山だと思っていた。大倉山駅は神奈川県の横浜市、大岡山駅は東京都大田区にあるので近いわけではないが、いずれも東急沿線なので頭の中で混ざってしまいがちなのだ。

 今日は大岡山にいる。間違っての大倉山ではない。実は初めて訪れる街だが、昨年に自由が丘から移転した青熊書店がお目当てだ。

 駅前商店街の両側には蕎麦屋にケバブ店に韓国チキン店があり、フード系がなかなか充実している。脇道に入り、これまた良い香りが漂うスパイスカレー店の奥に進んでいくと、緑色の外壁に木の扉が映える、青熊書店があった。

 なんだかコーヒー専門店のような外観だ。中に入ると入口右手には、カウンターと椅子が並んでいる。うん、やっぱり喫茶店っぽい。

「ここは以前は、伊藤珈琲店という喫茶店だったんです」

と、店主の岡村フサ子さんが教えてくれた。 

ガラス越しに中を覗いてみたくなる、クラシカルな木の扉と窓が特徴。

バスケに燃え、マンガと本を読みふけった10代

 熊本県生まれの岡村さんは、高校生まで熊本市内で過ごしていた。岡村さんの父親は地元デパートに勤めていて、父親を迎えに行ったり家族で買い物に行ったりと、デパートが身近な存在だった。岡村さんのお気に入りはおもちゃ売り場ではなく本売り場で、よくホラーマンガを立ち読みしていたそうだ。

「今は立ち読み禁止のところも多くありますが、その当時は美内すずえさんの短編や曽祢まさこさんのホラー漫画が好きで。なぜか何度も同じ作品を読んでいました。『Dr.スランプ』の単行本を買って、それを読みながらエスカレーターに乗っていたのを今も覚えています。小学校高学年の時にはチェッカーズがブームになったので、レコード売り場ではじめてアルバムカセットを買ったのですが、ちょっと思っていた値段より安くて。うちに帰って聴いてみたらカラオケテープでした(笑)」

青熊書店店主で熊本担当の岡村フサ子さん。

 岡村さんが小学生の頃は「りぼん」や「なかよし」などの少女漫画雑誌がぐんぐん売り上げを伸ばした時期で、「ときめきトゥナイト」「お父さんは心配性」など今も語り継がれる作品が次々生まれていた。とくにバスケットボールが話の軸となる「月の夜 星の朝」や、少年漫画の「ダッシュ勝平」が好きだった岡村さんは、中学から高校卒業までバスケ部に所属していたそうだ。

「マンガがきっかけというライトな理由で始めたので、逆に長く続けられたんです。でも子どもの頃からフランシス・ホジソン・バーネットや、カレル・チャペック、ミラ・ローベなどの児童文学を何度も何度も読み返していて、『嵐が丘』が現在の読書の原風景のひとつになっています。この頃から小林信彦さんの『オヨヨ大統領』シリーズや遠藤周作、伊藤佐千夫や夏目漱石のような文豪ものにハマって、それがのちの近代文学専攻につながったのかもしれません」

 バスケに燃えるかたわら、当時大流行した漫画『ホットロード』や銀色夏生の言葉選びに惹かれて、自分でもイラストを描いたり、ポエムを作ってみたり。バスケと雑誌好きな10代を過ごした岡村さんは、高校卒業後は東京の大学に進学した。

「高校生の時に図書館で読んだ宮尾登美子の『朱夏』がとにかく衝撃的でした。この頃、友人が『ノルウェイの森』や『ワイルドスワン』を教えてくれて、読書の幅がぐっと広がりましたね。教科書に載っていた和辻哲郎や吉野弘の『I was born』など、今も自分に刻まれている文章との出会いもこの頃でした」

私もつい買ってしまった「アニータの夫」はじめ、青森にちなんだ本が。

「熊本や九州の素敵をもっと伝えたい」

 高校時代の恩師に論文をほめられたこともあり、国語にまつわる学びをもっと深めたいと思い教育学部に進んだが、文章を介して何かを表現する仕事にも就いてみたい。卒業後はメディア業界を志望したものの、岡村さんは就職氷河期の第1世代。紆余曲折を経て、地元・熊本の信用金庫に就職が決まった。

「マスコミが第一志望だと知った人事課長が『先に金融を学んでおくといい』と言ったのも選んだ理由のひとつです。まだ『窓口の女の子』の時代ではありましたが、男女雇用機会均等法が施行されて10年経ち、会社も女性総合職を増やしたいと考えているタイミングでした」

 営業職としての外回りは楽しかったし、仕事の心構えを教えてくれたり失敗をフォローしてくれたりする先輩も多く、職場の居心地はよかった。でもやっぱり、情報発信をすることで表現してみたい。5年半ほど働いて、地元でタウン誌を発行する会社に転職が決まった。

「私がいた信金は文化的活動も盛んで、入庫2年目の時に産官学共同の町おこしプロジェクトに派遣されるなど、いろいろな経験が積めました。退職する日には『これで取材に行ってね』と肩掛けバッグをプレゼントしてくださったりと、温かい職場でした」

熊本を舞台にした本も、青森に負けじと並んでいる。

 初めてのメディア業界だったが、広告の企画営業から記事の内容にまで、金融業界で得た知識は大いに役立った。その後フリーランスになっても地元新聞社の特集ページの企画編集に携わるなど、仕事は順調だった。だけどむくむくと、東京に行きたい気持ちが芽吹いてきたという。

「熊本をメインに九州全般をテーマに特集記事を作成するなかで、たくさんの出会いがありました。著名ではなくても素敵な人がこんなにもたくさんいる九州のことを、九州以外の人にも知ってもらいたい。そんな気持ちで東京行きを決意しました」

共同書店を経て実店舗にチャレンジ

 まったくアテもツテもない。でも仕事はあるだろう。そう思い派遣会社に登録し、編集関係の職種を探したところ、大手企業をクライアントにしている会社の出版部で働くことになった。派遣から正社員になり、合わせて8年勤めたが、その間も宣伝会議の編集・ライター講座に通ったり、そこで出会った仲間つながりで地域限定フリーペーパー「おさんぽ神保町」にスタッフ参加したりと、外の活動にも積極的にかかわった。

「会社では発行媒体の進行管理をしていたので、編集の現場に行きたい気持ちがあったんです。その後2社ほど別の会社でも働いたのですが、おさんぽ神保町の活動を通して神保町を身近に感じていたところ、鹿島茂さんがプロデュースする共同書店の『PASSAGE by ALL REVIEWS』と出会いました」

 手持ちの本だけではなく新刊も仕入れられるため、本屋体験をしてみたい自分にはうってつけだったと岡村さんは言う。2024年に逝去した松岡正剛さんが校長をつとめていたイシス編集学校(現在の学長は田中優子さん)にも通っていた岡村さんは、そこで出会った夫の豊彦さんと2人で、2022年にPASSAGE内に青熊書店をオープンした。青森出身の豊彦さんと熊本出身のフサ子さん、青と熊で青熊書店という名前は、すぐに決まったそうだ。 

岡村さんの友人手作りの青熊ちゃんは、非売品。個人的にツボだったので、ぜひグッズ化してほしい。

「青熊書店が生まれたことでより現場への意識が強くなり、私は会社を辞めて神保町の古書店で修業を始めました。この先どうするかの具体策はまだなかったけれど、良さそうな物件は常にチェックしていました」

 さすが東京、家賃が高い。まだまだ先は遠いかもしれない。そんなことを思っていた矢先に、自由が丘に東京都による若手・女性リーダー応援プログラムのチャレンジショップ「創の実」があることを知った。ちょうど出店者を募集していたので「ここで本屋をやりたい」と応募したところ、審査に通った。

 月3万6000円の家賃で自由が丘に、最長1年限定でショップを開くことができる。運営のアドバイスも得られる。この1年で辞めてしまうショップもあるが、やる気に満ちた同期とともに、青熊書店は自由が丘に実店舗を持つことができた。

「でもまだ、この1年が終わっても続けられたらいいな、ぐらいの気持ちでした。ある時ふと休憩中に、自由が丘から3駅だし以前住んでいた大岡山を見てみようと思って。懐かしいと思いながら歩いていたら、以前好きだった喫茶店が閉店していました。寂しさを感じながらも『ってことはこの場所、借りられるかもしれない』と思い始めたんです」

 問い合わせると賃貸可能だったため、創の実の卒業タイミングで伊藤珈琲店跡地に引っ越し、2025年3月に青熊書店は新装オープンした。

古書と新刊が混在して並んでいるので、お宝を見つける気持ちで本を探すことができる。

「本屋はなくならないと確信」

 現在の在庫は約3000冊、新刊と古書の割合は3:7になっている。店舗に置ききれない古書は、近くに倉庫を借りているそうだ。

「自由が丘時代のご常連さまも近いからか足を運んでくださいますが、地元の方がふらりと立ち寄られることが多いようです。最近は新刊の注文をされるお客さんが増えましたね」

 青森と熊本にちなんだものを中心に、新刊も古書も土地と人のつながりを感じられるものが並んでいる。津軽のこぎん刺しや青森りんごのフレーバーティーなど、地域性のあるグッズは見ていて目が楽しくなる。

 

地方の物産展に行かなくてもご当地モノが手に入る。

 オープンして満1年、青森と熊本だけではなく、本を介して大岡山の魅力も伝えられる場所ができて充実した日々だったと、岡村さんは振り返る。

「創の実に出店して、本屋という空間を必要としている人がいることがよくわかりました。『本屋はこの先なくなる』とよく言われますが、私はなくならないと確信しています」

 同世代の岡村さんはもちろん、周りの友人たちを見ていても就職氷河期第1世代の女性はとにかくたくましい。時代が悪い、運がない。決してラクではない状況を自ら切り拓こうとする彼女たちは、どんな世界であっても輝いて見える。なんだか元気をいただいた気がして、やっぱり本屋って本を売るだけの場所じゃないんだなと、改めて実感した一日だった。

岡村さんが選ぶ、読めばさまざまな「つながり」が見えてくる3冊

●『青森 1950-1962 工藤正市写真集』工藤正市(みすず書房)
青森の新聞社に所属しながら戦後の青森を撮り続けた写真家、工藤正市。その遺品から掘り起こされた日本の原風景366点が収録された貴重な写真集。モノクロームの景色には人の温かさと時代の一生懸命が詰まっています。

●『食べごしらえおままごと』石牟礼道子(中公文庫/中央公論新社)
天草・水俣の恵みを体いっぱいに感じて育ち、不知火海の美しさを誰よりも知る語り部、石牟礼道子さんによる食の随筆です。「食べること」とは、土地と人とつながること。私たちはいろんなものに生かされているのだなあと感じます。

●『芥川龍之介の桃太郎』寺門孝之・画(河出書房新社)
私たちが知る「桃太郎」とは真逆の世界が描かれる、大人の絵本です。芥川が描いた人間の業。画家の寺門孝之さんは、その物語の深淵を数年かけてなぞり続け「別様の桃太郎像」に辿り着いたのだそう。とにかく圧巻、今読むべき一冊です。

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