吉本隆明「フランシス子へ」書評 老詩人の歌うような猫語り
評者: 水無田気流
/ 朝⽇新聞掲載:2013年05月05日
フランシス子へ
著者:吉本 隆明
出版社:講談社
ジャンル:エッセイ・自伝・ノンフィクション
ISBN: 9784062182157
発売⽇:
サイズ: 20cm/125p
フランシス子へ [著]吉本隆明
個人的なことで誠に恐縮だが、私は吉本隆明さんの講義ビデオ収録のため、お宅に通っていたことがある。愛猫「フランシス子」ちゃんも「シロミ」ちゃんも、見たり撫(な)でたり機材に乗られたりした。その猫たちの気配とともに、歌うような語り口の吉本さんが、見事に再生される本である。
猫は自分の「うつし」だそうである。「猫さんと一致した『瞬間的な自分』と一致できない『人類としての自分』」が、別々に出てくることがある。人間には、人類の枠組みでは収まりきらない何かがあって、どこかに猫類の自分がいるのではないか、とも。
ふと、晩年盛んに「自然」と詩の関係を強調されていたことを思い出した。自然への目配りは、定型詩はもとより、四季派以下の口語自由詩の生命線である。戦後現代詩はある意味これを排してきたが、詩人・吉本隆明は特異なまでに自然を歌った。あれらは猫の視点から書かれた作品であったか……などと感慨に耽(ふけ)りつつ。
◇
講談社・1260円