1. HOME
  2. インタビュー
  3. 著者に会いたい
  4. 森勇一さん「ムシの考古学図鑑」インタビュー 歴史の断面が見えてくる

森勇一さん「ムシの考古学図鑑」インタビュー 歴史の断面が見えてくる

森勇一さん

 ムシと遺跡のカラー図版がたくさん掲載された、わくわくする一冊だ。読み進めると著者による謎ときと昆虫愛にどっぷり漬かってしまう。

 愛知県生まれ。大学院修了後、県立高校教諭となったが、30代で県埋蔵文化財センターに出向。そこで遺跡から出土する昆虫化石と出会う。

 「最初に見たのは、弥生の溝に埋もれていたゲンゴロウの羽。酸素が少ない状態で封じられていたので、出土した瞬間、緑色に輝いた。なんてきれいなんだと思いました」

 しかし、当時、考古学者の多くは昆虫化石を単なる「ムシの破片」と見なし、ほとんど興味を示さなかった。「それがどんなムシなのか、誰にもわからない。昆虫好きだったこともあって、自分がやってみようと」

 小さなころから身近な昆虫を採集し、標本を作って保管していたのが役立った。出土した昆虫の足、触角、羽などを手元の標本と一つ一つつきあわせ、種を同定した。

 特に記憶に残るのは、弥生時代の大集落である愛知県の朝日遺跡だ。「1万4千点の昆虫化石のうち6割がコブマルエンマコガネなどの食糞(しょくふん)性や食屍(しょくし)性の昆虫だった」

 これらのムシは「都市型昆虫」とも呼ばれ、人間がもたらす汚物やごみなどを食べ、そこをすみかとする。「朝日遺跡で食糞性の昆虫が一番多かったのは弥生中期。後期には数を減らすので、集落が衰退に向かったことがわかりました」

 昆虫化石からは、「当時の自然環境などに加えて、人とムシとの関わりの歴史が読み取れる」とも。

 たとえば、縄文の大集落である青森県の三内丸山遺跡では、腐った果実に集まるショウジョウバエのさなぎが大量に確認されており、「果実を使った酒造りが行われていた可能性が高い」。一方、青森県の最花遺跡や同・富ノ沢(2)遺跡のように、食用にしたと思われるキマワリの幼虫が痕として確認された例も。

 「昆虫化石は、遺跡ごと、時代ごとにまったく異なる歴史の断面を見せてくれる。人間とムシとの相互作用に関わる通史を書き上げるのが夢」(文・宮代栄一 写真・谷本結利)=朝日新聞2026年2月14日掲載