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「白墨人形」書評 誰もが隠し持つ後ろ暗いボタン

評者: 諸田玲子 / 朝⽇新聞掲載:2018年06月23日
白墨人形 著者:C.J.チューダー 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784163908496
発売⽇: 2018/05/28
サイズ: 19cm/367p

「白墨人形」 [著]C・J・チューダー

 規則正しい安眠を守りたい人は要注意。私は後半、ページを繰る手が止まらず明け方まで読みふけってしまった。なにしろあのスティーヴン・キングにお墨付きをもらったというミステリーである。『スタンド・バイ・ミー』を彷彿とさせる個性豊かな少年4人組が登場する冒頭からぐいぐい引き込まれる。
 語り手はぼく=エド・アダムズ。12歳だった1986年と、30年後の2016年を交互に行き来しながら物語は進行する。舞台は英国の小さな町アンダーベリー。森があり川があり、大聖堂や公園、学校や老人向けの介護施設もある。そんなのどかな町で凄惨な事件が起こる。きわめつけは少女の首なし死体だ。チョークマン=白墨で描かれた人形、悪夢や謎めいた教師が恐怖をあおる。
 ……と、スリリングな展開はさわりだけでいいだろう。もっと書きたいことがある。本書には謎解きの面白さ以外にも親子、友達、男女、あるいは地域社会の関係性、いじめや老い、宗教について人生について、あらゆる問題がつまっている。著者の視野は広範で、透徹している。「自分が求めているのは答えだと思いがちだ。だが、本当に求めているのは都合のいい答えでしかない」「人が思いこみをするのは、そのほうが楽で、手間がかからないからだ」「誰にでも、押されれば後ろ暗いことまでやってしまうボタンがある」。「ぼく」を通して語られる言葉は意味深い。
 著者はまた、端役も含めすべての登場人物を容赦なく断罪する。大人にも子供にも秘密があり、誰もが後ろ暗いボタンを隠し持っている。善だけの人間などいないのだ。主人公ですら、例外ではない。だからこそ町も時に魔女狩りさながらの様相を呈する。
 事件の結末にはだれもが息をのむはずだ。そして事件が解決したあと、読者は再び驚愕し、背すじを凍らせる。真の恐怖は、本を閉じてからはじまる。
    ◇
 C.J.Tudor 英国生まれ。声優などを経て作家に。本書がデビュー作で世界36カ国で刊行される予定。