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「資本主義が嫌いな人のための経済学」書評 左派こそ勉強を

評者: 山形浩生 / 朝⽇新聞掲載:2012年03月18日

資本主義が嫌いな人のための経済学 [著]ジョセフ・ヒース

 2008年金融危機に始まる世界不況、さらには震災後には特に、「資本主義はもう終わり」みたいな物言いを無数に見かけてきた。これは特に左派に多いし、その人たちは資本主義の理論的根拠(と思っている)経済学も破綻(はたん)したと言いたがる。
 でもそのほとんどは、実は経済学の主張をろくに知らず、自分の主張も考え抜いていない。そしてその無知と怠慢につけこむ保守派の乱暴な議論に反論できず、万年負け犬の地位に甘んじている。
 それじゃダメだ。資本主義のダメな現状を改善したいなら、左派もちゃんと勉強しようぜ、というのが本書だ。
 というわけで本書は、筋金入り左派哲学者による、むずかしい綱渡りだ。経済学を乱用して既成体制の走狗(そうく)と化した一部論者には鉄槌(てっつい)を。
 しかし優しさとか友愛とか、左派の無内容な情緒的議論にも手加減無用。本書の邦題は実に秀逸だ。まさに資本主義が嫌いな人こそ経済学を学ぼう。実は、嫌いな部分を考えるヒントは既存の経済学でかなり議論されているんだから。それが本書の中心的な主張だ。
 書き方や主張は実にストレートだ。レヴィットとダブナーの『ヤバい経済学』批判など少し異論もあるが、主張はおおむね納得できる。経済学者が書いたら、上から目線で無知な大衆に説教するような嫌みな本になりがちだが、それもない。
 ただし十分な理解には経済学について多少の予備知識はいる。また前半/後半で投げ出さず、全体をバランスよく読んでほしい。特に左派の読者は、ミイラ取りがミイラになったと思うかもしれない。資本主義だの合理的個人だのをかなり擁護する本だから。でも表面的な好き嫌いだけでそれを否定するのでは前に進めないのだ。
 本書をきっかけに、それに気がつく人が一人でも増えてくれれば……。
    ◇
 栗原百代訳、NTT出版・2940円/Joseph Heath 67年、カナダ生まれ。哲学者、トロント大学教授。