池澤夏樹「春を恨んだりはしない」書評 全身で受け止めた被災の全体像
評者: 後藤正治
/ 朝⽇新聞掲載:2011年10月23日
春を恨んだりはしない 震災をめぐって考えたこと (中公文庫)
著者:池澤 夏樹
出版社:中央公論新社
ジャンル:一般
ISBN: 9784122062160
発売⽇: 2016/01/25
サイズ: 16cm/198p
春を恨んだりはしない―震災をめぐって考えたこと [著]池澤夏樹
震災をめぐる思索の書である。作家は女川、大船渡、陸前高田などに足を運ぶ。被災者を診た医師、夫を亡くした理髪店の母子などに会い、耳を傾ける。大勢の遺体が打ち上がった海岸に足を運び、光景を瞼(まぶた)に刻み込む。あの日に起きたこと。その全体像を全身で受け止めんとする。
「これらすべてを忘れないこと。今も、これからも、我々の背後には死者たちがいる」「人間はすべての過去を言葉の形で心の内に持ったまま今を生きる」「原子力は人間の手には負えないのだ」……思いは言葉を紡ぎ出す。
思考は日本列島へと及ぶ。四季のめぐる美しい国は古来、天災の勃発する国だった。それが「無常」「諦念(ていねん)」「空気社会」などの国民性を形成したのではないのか——。
3・11以降、震災にかかわるいくつかの本を読んだ。評者にとって、共感度の高い本だった。この国にはまだ、まっとうな作家がいる。そんな安堵(あんど)感がよぎった。
◇
中央公論新社・1260円