司修「蕪村へのタイムトンネル」書評 俳人と「ぼく」の半生が重なる
評者: 田中貴子
/ 朝⽇新聞掲載:2010年08月08日
蕪村へのタイムトンネル 菜の花や月は東に日は西に
著者:司 修
出版社:朝日新聞出版
ジャンル:小説・文学
ISBN: 9784022507402
発売⽇:
サイズ: 23cm/475p
蕪村へのタイムトンネル [著]司修
俳人の蕪村は摂津国生まれだが、20歳の頃江戸へ出るまでの経歴がよくわかっていない。
戦前生まれの「ぼく」は、1975年、大井川河口に向かうが、何を間違ったのか焼津港に行き着く。蕪村の「みじか夜や二尺落(おち)ゆく大井川」という句にひかれたのか、蕪村の「知られざる時代」への関心が、彼が17から18歳半ばまでを過ごしたM市の記憶を喚起したのだろうか。
焼津で不思議な人々と邂逅(かいこう)し、そこで突然、蕪村へのタイムトンネルがあんぐり口を開く。彼が17歳だった22年前、戦後の混乱がまだ続く1953年へと話はさかのぼって行く。
M市には、少々癖があったり変わり者だったりする男女がうごめき、彼らにもまれながら「ぼく」は生きる。そこで、蕪村の出自の謎についての蘊蓄(うんちく)が繰り広げられ、「ぼく」と蕪村の半生がずれながら重なり合ってゆくあたりは、生半可な研究をしのぐスリリングさが感じられる。
ビキニ水爆や戦後の生活など、辛(つら)い過去の話も飄々(ひょうひょう)とした語り口がかえって余韻を残す。各ページ冒頭に引用された蕪村の句と内容がリンクするのも巧みである。
田中貴子(甲南大学教授)
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朝日新聞出版・3990円