「6人の容疑者」書評 人生の変転に驚き
ISBN: 9784270006030
発売⽇:
サイズ: 20cm/367p
ISBN: 9784270006023
発売⽇:
サイズ: 20cm/335p
6人の容疑者<上・下> [著]ヴィカース・スワループ
アカデミー賞映画「スラムドッグ$ミリオネア」の原作者による小説ということで、これは、ぜひ読んでみなければなるまいと思った。映画が、もう、めちゃくちゃに面白かったからだ。ムンバイ(ボンベイ)のスラム街に育つ若者の青春が、インドの魅力たっぷりに描かれていた。
本書もインドが舞台でなければ書けない小説だ。なにせ登場するのが日本じゃ考えられない人物ばかり。
被害者になる若手実業家は父親が有力政治家というだけで、殺人だろうがなんだろうがやりたい放題。彼は自分の無罪を祝うパーティーで、何者かに銃で殺される。
そのパーティーに居合わせた6人の男女が、銃を所持していたために容疑者になってしまうが、彼らも粒ぞろいのユニークさだ。貧しい田舎から成り上がったインドを代表する美人女優。その女優を追っかけてインドにやってきたアメリカ人青年。腐敗ここに極まれりだった元官僚。インド東部の小アンダマン島から来た漆黒の肌の若者。大卒ながら携帯電話泥棒をしている若者。被害者の父親で、州首相の座を狙う有力政治家。6人の殺害動機の形成過程が、事件やロマンス満載のジェットコースター・ストーリーで展開する。
例えばアメリカ人青年は、美人女優と結婚できると思い込み、はるばるインドにやってくる。ところが、だまされ続け、アルカイダに捕まる。どうなるかと思っていたら、米軍がかけつけ、一味をやっつけるという奇想天外さ。なんでもありのインドならではだ。彼は、次から次へと危機に見舞われるが決して美人女優との結婚をあきらめない。
一方、彼を虜(とりこ)にした美人女優は、善意で面倒をみた自分とうり二つの女性の策略にはまり、破滅の危機に陥る。運命のいたずらか神の采配か、アメリカ人青年と美人女優はパーティーで出会う。さあ、彼の恋は成就するのか。彼女は破滅の危機から脱出できるのか。
とにもかくにも、6人の数奇な人生がパーティーでぴたりと符合するのがすごい。そして、どんでん返し。最後まで真犯人は分からない。
本書は、ミステリーなんて読まないと言っているあなたにとって、インドを知る格好の教材になるだろう。6人の人生の変転に、驚き、笑い、泣き、しているうちにインドの抱える社会問題を丸ごと学ぶことになる。カースト制という身分差別、カーストが違う男女の結婚において花嫁が身内に殺される名誉殺人、政治腐敗、若者の失業、少数民族への差別、そしてテロなど。
著者は、総領事として大阪に赴任中の外交官だ。ここまで書いてええんかい? と心配になってしまう。しかし、絶対にインド嫌いになることはない。なんと人間くさい国であることかと、実際のインドに触れたくなるだろう。著者は、登場人物に「この国は奇妙で、素晴らしい場所だ」と語らせているが、生命力が希薄になった日本に住む私としては、再びインドを訪ねたくなった。
〈評〉江上剛(作家)
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子安亜弥訳、武田ランダムハウスジャパン・各1890円。/Vikas Swarup インドの外交官。総領事として大阪に赴任中。映画「スラムドッグ$ミリオネア」の原作で、デビュー作の『ぼくと1ルピーの神様』は40カ国以上で翻訳された。