新しいことを始める時に読むと自由な発想になれる
仙人掌のリリックはカッコいい。短いセンテンスから、ストリートにうごめくさまざまな感情や、その背後にあるストーリーを感じさせてくれる。彼の綴る言葉、描き出す世界観はどんな本からインスパイアされているのだろうか? 彼が最初に紹介してくれたのは『かもめのジョナサン』でおなじみのリチャード・バックの『イリュージョン』。遊覧船のパイロットが主人公で、憧れていた元救世主の同業者と一緒に旅をするというファンタジーだ。
「20歳くらいの時、『絶対読んだ方がいい』と友達に薦めてもらいました。当時は下北沢の漫画喫茶で働いてて、DOWN NORTH CAMPの仲間たちと一緒に1年の300日くらいはずっとそこで遊んでました(笑)。でも同時に『これからどうやって生きていこう』と悩んでたりもして。そんな時期に読みました。
僕はこの『イリュージョン』を読んで、物事を判断する時に大事なのは一般論とかではなく自分の審美眼なんだと思うようになりました。あれこれ考えるのはもうやめて自分の信じる道を進もう、というか。新しいことを始める時にこれを読むと、自由な発想になれる。何度も読んだし、いろんな人に貸して、プレゼントもしてます。もう3〜4回は買ってるんじゃないかな?(笑)
この本を自分なりに解釈して『Gipsy Pilot』という曲を書いたりもしました。本をベースに曲を書くことは滅多にないけど、それくらい影響を受けた大事な一冊ですね」
読書コンプレックスが解消された!
次に紹介してくれたのは、『イリュージョン』とはかなり趣の異なるマンガ『バーナード嬢曰く。』だ。この作品は、本を読まずに読んだことにしたい主人公の女学生・バーナード嬢と、その友人たちが図書室で繰り広げる小さな物語。作品では、誰もが知るベストセラーからマニアックなビートニクスやSFまで多様なジャンルの本を独自すぎる視点から読み解いていく。
「実は僕、読書コンプレックスみたいなものがあるんですよ。知り合いの読書家の方たちが集まって『Riverside Reading Club』というチームを作っていて、その方たちはみんな読書にものすごい情熱を注がれているんです。英和辞書片手に洋書を読んだりとか。僕自身も普通に本を読むけどそもそも読書自体に高尚なイメージがあるから、その人たちが崇高な存在に思えてしまう部分があるんです(笑)。あと、思春期の頃に不良の人が読書しててカッコよかったから自分も読んでみたけど、あまり理解できなかったこともあったり・・・・・・。
そしたら、この『バーナード嬢曰く。』には僕が感じていた読書にまつわるコンプレックスが全部書かれていたんです(笑)。『あっ、こう感じてたのは自分だけじゃないんだ』みたいな。初めて読んだ時は、声を上げて笑っちゃいました。これを読むと読書の堅苦しいイメージはなくなると思います。あと本当にいろんな本が紹介されているので、自分の好きな傾向もわかるかもしれないです」
個性が豊かな男たちが複雑な世界観
仙人掌は眩しいイエローの表紙の『おこりんぼさびしんぼ』を手に取って「この本は本当に元気が出ます」と笑った。俳優の山城新伍が、昭和を代表する兄弟俳優・若山富三郎と勝新太郎について書いた芸能本だ。若い読者はご存じないかもしれないが、昭和の芸能人はとにかくぶっ飛んでいた。
「この本には強烈なエピソードしかないです。例えば、2人のお母さんが亡くなった時、告別式でお母さんのアソコにキスをした、とか(笑)。そんな話ばかりです。まさに無頼ですよね。実は自分の父親が大衆演劇をやっていたこともあって、昭和の男たちの伊達を生きるような世界にもともと興味があったんです。
あとこの本に関しては、兄弟のトンデモエピソードもさることながら山城新伍という人の凄みを感じることができると思います。エピソードを切り取る視点はユニークだし、感情の動きも細かく観察してる。文章もすごい。『影響とは影が形に従い響きが音に応じることだ』とか。めちゃくちゃカッコいい。山城新伍は兄貴分である兄弟2人に憧れてて、そのちょっと三角関係っぽい構図も面白いんです」
そして最後に紹介してくれたのは、映画監督のクエンティン・タランティーノやノワール文学の巨匠・ジェイムズ・エルロイを魅了したエドワード・バンカーの半自伝的な小説『ストレートタイム』。この本は「Riverside Reading Club」のメンバーで、仙人掌のアルバム制作に関わるWDsoundのLil Mercyが教えてくれたと話す。
「1stアルバム『VOICE』を制作していた時、個人的にもいろいろな問題が起きてかなり悩んでいたんです。そんな時にマーシー君がスッと渡してくれたのがこの本でした。いわゆる男の子本というか。ノワール文学ですね。でも、その時の自分の状況に投影できる部分がたくさんあって、ハッピーエンドでもバッドエンドでもないのが余計にリアルでした。これを読んで、この先のストーリーは自分たちで作っていくものなんだな、と思えたから、いろんなことに前向きに取り組むことができたんです。この本は本当に大好きすぎて、表紙を部屋に飾ってあります。
海外文学の場合、その街の風景や雰囲気、時間軸をすぐにイメージできないと読み進めるのが難しい。日本と海外では人間関係のあり方が全然違ったりもするし。でもこの本はすごく読みやすい。どこかのレビューに、『ストレートタイム』はエドワード・バンカーが、自分の周りにいる学のない人間たちにも読めるようにあえて簡単な言葉で書いたんじゃないか、みたいにも書かれてて。そこはヒップホップにも似てると思いました」
さらに、仙人掌はこんなふうに続けた。
「日本で『ヒップホップ』『読書』というと文化系みたいな切り取られ方をするけど、海外のラッパーたちはストリートで起こるバイオレンスなことや、それに付随したいろんな感情を、ノワール文学のように自分たちなりの言葉で表現してる。この表現には学があるとか、実際にストリートにいるかとかは関係ない。読書はそういうことを知るための手助けになると思う。
1990年代前半のロサンゼルスにグッドライフカフェというカフェがあったんです。ロサンゼルスといえばギャングスタラップ発祥の地なんですが、そこにはギャングじゃない人たちが集まって、本を読んだりしながら、過酷な環境をフリースタイルのラップで表現してたんです。あと、アメリカのニューヨークではタリブ・クウェリというラッパーがブルックリンの古本屋で店長をしていたりもした。今回の企画で、ヒップホップにはそういうカッコよさもあるということを伝えられたらいいなと思ったんです」
不良たちの日常の機微をリリカルに歌うのが仙人掌の魅力のひとつでもある。今回紹介してくれた4冊は、「ヒップホップは好きだけど読書はあまり・・・・・・」という人への入門編もピッタリだし、仙人掌というアーティストのことをさらにさまざまな角度から深く知るためのサブテキストとしても興味深い。気になった人は、この機会に本屋へ足を運んでみてはどうだろうか?