昭和生まれのマンガ好きの間で、『男坂』は知る人ぞ知る問題作だ。『リングにかけろ』と『風魔の小次郎』で押しも押されぬ「週刊少年ジャンプ」の看板作家となった車田正美が本作の連載を始めたのはバブル前夜の1984年のこと。本宮ひろ志に私淑して“漫画屋”になったことは当時から有名で、千葉県九十九里の中学生・菊川仁義がケンカで全国制覇を目指すという設定はまさしく車田版『男一匹ガキ大将』。本人いわく「こいつをかきたいために漫画屋になった」という入魂の力作だった。しかし、番長も硬派もとっくに死語となっていた時代背景に加え、車田正美ならではの非日常的バトルが描かれないこともあって人気は低迷。単行本3巻分、30週あまりで打ち切りとなってしまう。最終ページに無念の思いを込めてでかでかと書かれた「未完」の筆文字は伝説となり、編集部に「血の抗議文」を送りつけたファンまでいたらしい。
その直後、車田は最大のヒット作となった『聖闘士星矢』を発表するわけだが、風呂敷を広げるだけ広げて無残に打ち切られた『男坂』に対する思いはずっと消えなかったようだ。デビュー40周年を迎えた2014年、実に29年ぶりにウェブ媒体「週プレNEWS」で連載を再開! 「2」や「新」がつく続編ではなく、前回の終わりからそのまま続きを描く連載再開で「29年ぶり」はマンガ史上の新記録ではないだろうか。その後、媒体を「少年ジャンプ+」に変えながら1年に1冊のペースで着々と新刊を発表し、現在は第7巻まで刊行されている。
前回の最終回(第3巻)からそのまま続いているので、時代はまだソ連や西ドイツが存在していた昭和(1985年)のまま。海外からの脅威、すなわち外国の不良学生の侵攻に備えて、仁義軍団は全国の硬派捜しを続ける。北海道の神威(かむい)剣、横浜のジュリーに続き、「西の三傑」こと萩の高杉狂介、土佐の堂本竜子、鹿児島の南郷大作に会いに行くのだった。
再開後はすべて国内を舞台にしていることもあり、アナクロ度はむしろ上昇! 仁義の子分である闘吉が「カワイコちゃんならやさしくしてやるが、ドブスの不良にゃ遠慮しねえぜ!!」と女子の顔を蹴り上げるなど昭和的ミソジニー全開だったり、「シキテンのお京」なる難解な昭和ツッパリ用語が出てきたり、北海道で動物愛に目覚めた仁義が「動物と会話のできるファンシーな少年」になっていたりとツッコミどころ満載なのだが、オフィシャルブログによると第8巻に当たる鹿児島の「天下泰平編」の執筆も快調らしく、30年来のファンとしては目が離せないわけなのだ!