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北方謙三「チンギス紀」書評 大草原の覇者の物語、開幕す

評者: 山室恭子 / 朝⽇新聞掲載:2018年07月28日
チンギス紀 1 火眼 著者:北方 謙三 出版社:集英社 ジャンル:小説の通販

ISBN: 9784087711325
発売⽇: 2018/05/25
サイズ: 20cm/341p

モンゴル族キャト氏の長の子として生まれたテムジン(のちのチンギス・カン)は父を討たれ、南の地に向かうのだが…。ユーラシア大陸に拡がる大帝国の礎を築いた英雄チンギス・カンの…

チンギス紀(一・火眼 二・鳴動) [著]北方謙三

 モンゴル・ファンタジーはじまる。
 俺が、テムジンだ。齢十三。のちにチンギスと称するらしいが、今は分からぬ。すべては俺次第だ。
 はじまりは無一物。いや、弟殺しの罪で追われて、マイナスのスタートだ。だから俺は、負けるところからはじめた。
 敵は4000騎、それに12の百人隊で向かう。
 「ひどい戦を、俺はしたのか?」……「三百ぐらいは、失いましたよ」……「これが、負けか」
 追っ手を撒いて逃げ込む先は岩山だ。ここなら馬も入れない。いつ敵部隊に遭遇するやも知れぬ広い草原のあちこちに、こうした隠れ家が準備されている。わけて、商いに長けた盲目のモンリクが護る「北の岩山の館」は俺の兵站のだいじな拠点だ。
 回復薬もある。「石酪」という。馬乳酒を煮詰めて干し固め、口中でゆっくり溶かす。これだけで冬が越せる。
 ひどく負けた。しかし、戦いのあと、俺の麾下に参じてきた者は1600騎に増えた。ならば、負け、ではなかろう。
 この原野での財は羊だ。100頭、200頭、草を食って増える。夏は北へ、冬は南へ、民は羊とともに家帳を畳んで移動する。服属の証に羊400頭、部族間の交渉も羊だ。
 しだいに同志が集まってくる。槍の達人ジェルメ、左利きの弓使いクビライ・ノヤン、何度も窮地を救われた。ともに砂漠を越えたボオルチュ、隣国の盟友ジャムカ、干し肉を囲んで語らう仲間が増えてゆく。
 馬も友だ。良馬を揃え、騎馬隊を鍛え抜く。
 工房もつくった。鉄音と名付けた。
 そう、鉄なくして戦は勝てぬ。次なる仕事は鉄魔道士か。この大地には必ずや鉄が眠っているはずだ。
 モンゴル・ファンタジーはじまる。
 どうだ。馬と石酪をやるから、いっしょに星降る大地を駈けてみないか?
    ◇
 きたかた・けんぞう 1947年生まれ。作家。『水滸伝』で司馬遼太郎賞、『楊令伝』で毎日出版文化賞特別賞。