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宮沢賢治と東北 常識をはなれ、大地を書物に

乗客にあなたの神はと問われ、答えるジョバンニ ますむらひろし『銀河鉄道の夜』から

 宮沢賢治が生誕120年を迎えた。賢治というと「雨ニモマケズ」があまりに有名だが、これが一部に賢治嫌いを作っているとも言える。国語の先生に暗記させられてトラウマになった方もいるらしいが、実はこの文章を彼は手帳に書き、誰にも見せていない。発表の意思があれば原稿用紙に書き、自費出版の詩集に載せただろうが、あの言葉たちは自身への戒めと願いなのだ。それゆえ、最後の「ソウイウモノニワタシハナリタイ」の後に「南無妙法蓮華経」の文字を書いたのだろう。
 3・11の震災後、「東北がんばれ」とともに「雨ニモ……」が応援団みたいに持ち出されたが、私は嫌な気持ちになった。賢治が本当に発表したがった作品の中にたくさんの癒やしの言葉や深い励ましの声があるのだから。例えば、心象スケッチと名付けた詩集『春と修羅』。そこには妹トシを亡くしたあとの慚愧(ざんき)の苦しみから、死者と交信しようともがく心の軌跡が記されている。「青森挽歌(ばんか)」「オホーツク挽歌」「噴火湾」や「薤露青(かいろせい)」「北いっぱいの星ぞらに」では、意識がさかんに夜空に向かう。亡くなった者は本当に何処(いずこ)に行くのか。その悲しみが『銀河鉄道の夜』(「宮沢賢治全集7」所収、ちくま文庫・1080円)につながる。

幻想体験の軌跡

 書斎で作品を書く作家は多いが、賢治は手帳を持ち歩き、野原や林で感じたことを記録する方法をとった。北上川や岩手山頂の現場でとらえた空気感は今もそこに存在し、時間を超えて東北という大地の深さを教えてくれる。私は『銀河鉄道の夜』を20歳の時に読んだ。意味不明な言葉が多く、話もわけが分からなかったが、それゆえ魅了され、その後、2度漫画にした。それでも謎がギッシリ。列車の窓から見える景色の恐ろしい美しさはどう描いても描ききれない。ジョバンニやカムパネルラの住む南欧。だが物語の時刻に合わせて星座盤を見ると、なんと花巻の夜空が現れ、舞台がお盆であると気づいた時の震えは、忘れられない。
 このちくま文庫版では賢治が推敲(すいこう)し書き直す過程も掲載されている。削られた部分がこれまた魅惑的で、まるでビートルズのスタジオ別テイクを体験するような新鮮さを味わえる。賢治はこの作品を、歳月をかけ3度の改稿をした。3次稿で現れる黒い帽子の男が見せる、すべてがそなわる光景。それがぽかんと現れ、みな消える繰り返し。これを想像するだけで、賢治の脳内を通した幻想体験ができる。この絶景が4次原稿で差し替えられ、何が現れるか想像し比較するとき、この作品がまた新たな魅惑の水脈になる。

清々しい気圏で

『注文の多い料理店』の「序」の文章。中学校の教室では感動しなかった難解な賢治の心が、上京後のアパートで読んだ瞬間、私の故郷山形県米沢の山々の色と風になって体の中にサアッと入ってきた。この文庫には東北の特徴的な二つの冬が現れる。「雪渡り」と「ひかりの素足」だ。雪が凍って野原をどこまでも歩ける晩に狐(きつね)の幻灯会に招待されるという優しい冬。もう一つは吹雪の恐ろしさを容赦なく惨(むご)いまでに描き、賢治の内面が噴き出している。
 東北の季節感を意識すると、秋の新学期に来た転校生を見る一郎と嘉助の視線の違いもたまらなく可愛い。『風の又三郎』からは賢治が教師時代にしっかり子供を観察していたのが分かる。霧の中で迷子になる嘉助が味わう恐怖、里山でさえ、すぐ奥に潜むモノノケの気配を賢治は受信していた。東北の大地は彼にとって巨大にして新鮮な書物だったのだろう。それにしても、これほど見事に常識の引力をすりぬけ、清々(すがすが)しい気圏に浮かんでいた人は、実に稀(まれ)です。=朝日新聞2016年12月04日掲載